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はじめまして パチスロの勝ち方、雑感 ニュージーランドの話や戯言 時事関係や政治・経済などなんでも書いていきます よろしくお願いします

2013年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年09月

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パチスロの話~サンクトペテルブルクのパラドックス~

面白いものを見つけましたので紹介いたします

サンクトペテルブルクのパラドックス


昔、どこかで聞いた覚えがあるのですがふと思い出して調べてみたらパチスロで扱う期待値について雑学程度にはなるかなと思いますので書いていきます
ちなみにまったく実用的ではありませんので興味のある方だけ続きへどうぞ



経済学の意思決定理論のひとつでながながとした題名はどうでもいいのですが


期待値の矛盾を示しているものです






コインを投げて一回目に表が出たら1円、2回目に表が出たら2円、3回目に表が出たら4円、4回目に出たら8円
裏を出し続けるかぎり賞金は乗じて増えていくゲームがあるとしていくら払ってこのギャンブルをやりますか?

賞金は2のn-1乗、nはコインを投げた回数です

期待値で考えてみてください






答えは1000万はらってもやるが期待値的にいうと正解ですがもちろん誰もこんなゲームに1000万も実際には払いませんよね

このゲームで初めて表が出て得られる賞金は


10回目:512円
20回目:52万4288円
30回目:5億3687万912円
50回目:562兆9499億5342万1312円

となるのですが天文学的に裏が出続ける確率を引いた時に生じる賞金がその他の確率などどうでも良いほどの期待値になる
賞金は無限大に発散していくので期待値も後追いで無限大である

ゆえにいくら支払ってでもこのギャンブルはやるべきだと期待値君は言うのですが誰もこんなゲームに大金を投じる人はいませんね
実際にこのゲームで500円得られる確率は1/1000程度であとは小銭がジャラジャラと出てくるだけです



つまりこの期待値は矛盾しているということがわかります


この問題の現実的な回答として賞金は無限に発散するが胴元の資本金には限界があるので期待値を計算することは可能であるということや
普通は数億あれば人生を買える金額なのでそれ以上はコインを投げる意味はないという期待効用で考えるという方法があります

がパチスロとは関係ないので割愛します、興味のある方は調べてみてください





こういった矛盾はパチスロにもある種通じるところがあると思います

事故待ちなどといわれて幾星霜
今のパチスロやパチンコのマックスタイプなどもそうですがどこかでドカンと出さないと期待値にはまったく向かいませんね


すこし前に戦国BASARAという機種がありました、私は打ったことがないのですがすこし前にあるブログで紹介されていた動画を見た時に

ARTがカンストして一撃で5万枚近く出ていました
ホールで打っていたとしたら間違いなく取りきれていませんが・・・ようはこういった大事故も期待値には含まれている
ART自体に優劣がある機種だったりするととんでもないG数をのせてしまうと賞金は無限になってしまいますがホールでの稼動時間がある限りは期待値のほうは制限されてしまう


一昔前に怒涛の剣という機種がありましたがあれもフリーズさせてしまえば99%のARTがついてくるものでしたね
北斗転生の玉もレベル4で50個もあればもう終わらないのではないのでしょうか
最近では番長も夕方からは設定5が確定していても期待値はマイナスだともひさしぶりに雑誌を読んだら目につきました




サンクトペテルブルクのパラドックスとはすこし意味が違いますがパチスロの出球も無限に発散することがあり稼動時間を考慮した打ち方は非常に重要だと



ホールには営業時間があり、台が事故待ちである以上は期待値は矛盾することもあるんじゃないかなと



イメージとしては
負け、負け、勝ち、大勝ち、大負け、負け

こうなったとして大勝ちを取りきれないのはかなり痛いということですね




えー、自分で書いてて思ったのですが全く実用的ではありませんね、考え方として受け取っていただければうれしいです
George
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| 雑記 | 22:22 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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勝つためのパチスロの話~ちょっと思ったこと~

判別不能な機種がはびこる現状でもスロットに設定があるかぎりは設定を狙って勝つことは可能なのか?
厳しいのは間違いないのですが最近すこし感じたことがあるので書いていきます



私は去年の今ごろからART機の設定狙いはもはや労力にあわないと感じてパチンコをメインに見てきているのですが・・・

設定狙いはいけるんじゃないのか?なんて最近は再考しはじめてきました



というのもどこかで書いたかもしれませんが私の地域はもうイベントは全くない状況で旧イベ日などにも目立った配分は見られないのですがそれでも足をのばせるところで2軒ほどは旧イベ日には当時の配分に近い設定配分か

ひょっとすると昔以上に設定入れてるんじゃないのか?なんて感じます



今年の前半はろくに打っていなかったのですが最近は旧イベ日に角が強いホールがあり、そこでたまにART機の設定狙いをするのですが結果から書いてしまいますと


5の3で高設定だろう台にいきつけています、うち一回はバイオで確定画面がでているので間違いないです

設定はいるところにはいます・・・なんて当たり前の話をしたいわけではなく




ライバルになるような人が昔よりも激減しています


昔、それこそエヴァが台頭してきて小役カウントがはやっていった中ではイベント日などにはてきとうにエヴァに座りそれ以外もいちおうは目星をつけていくような人達が多かったのですが
孫、約束、真実、生命となっていくにつれてホール側も中間を混ぜてきたりといろいろ対策をとってきて、それでもポチポチして判別していく人達があとをたちませんでした

そうなってくると打ち手側からするといくら判別が効くからといって台を選べないのではしょうがないということでしだいにエヴァで勝てる額は減ってきたように記憶していますが




今はそういった朝からガチガチに立ち回る人間がかなり減っています、開店直前にやってくる人はいますが勝ちにきている香ばしい人は一昔前にくらべると半分もいないと私の地域では感じます



スロットやパチンコで勝つことは台の取り合いであり、相対的なものですのでライバルがいないことは大きな要素ですので設定を使ってるホールを見つけたらむしろ昔よりも勝ちやすいのかもしれないです


それでも実際に打っている時には今の台はきついのは間違いないですけどね

判別はほとんど不可能で一日うって高低が見えれば良いかな、単発地獄で投資金額がすごいことになり機械割もそんなに優秀ではない台のスペックで見れば完全に無理ゲーなのですが



台を選べる環境という面でいえば今は最もやりやすいのかなと

判別して高設定を信じてぶんまわすというのが設定狙いのありかたでしたが今はホールを信じてぶんまわす、それだけの環境があれば今の状況はむしろ「おいしい」のかもわからないです



スロットの設定狙いはハイエナやパチンコと違って期待値ベースで負けることも十分にある打ち方なので怖いのもたしかですけど
リスクにみあったリターンなど期待できない台でもリスクにみあったリターンが見込める環境はあるのかもしれないですね

私の稼動など試行回数でいえば実績などと言えるものではないです

しかし今の状況は間違いなくひどいのですが最低ではないのかなと



無為な死こそギャンブル




もうずいぶんとそんなことは忘れていたような気がします
George
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| 勝つためのパチスロの話 | 23:28 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~理由と事由と自由~

こんにちは

原付で陸橋を走っていたら突風にふかれて死ぬかと思いました、Alcholidayです
えー、記事はほぼ内容はかぶらないように書いているのですがいいかげん書くことがなくなってきましたので意味不明な話をしていきます


これは持論ですけど・・・人を殺せるほどの理由があるのならその人は悪い人なのだろうがきっと足る人生だったんじゃないかな
専業のころに感じていたちょっとめんどくさい話



パチンコ・パチスロ専業者ってよく自由なんてイメージを持つ人がいるのですが実際に専業になってやってみたことがある人は本当に自由と感じる人はすくないのではないでしょうか


私がやっていたころは自由などとはみじんも感じませんでした
いつでも休んで良い、稼ぎたいだけ稼動すればよいみたいなイメージを専業に持つ人がいるかもしれませんが実際になんの後ろ盾もないパチンコやパチスロだけで収入を得るとなるとどんな仕事よりも不安な気持ちが胸を覆います


月50万稼ごうが足りない、100万に届いても足りない


どれだけ水を飲んでも飲んでも乾きがとれないような感覚を持つことが私はありました
単純なお金だけで見れば月の収入としては十分な金額を稼げることは知識としても体験としても知っていましたしいくら稼げば良いなどとわかってはいても

いつ勝てなくなるかわからない、今はツイているだけなんじゃないか、明日から10連敗して50万消し飛ぶかもしれない等・・・どれだけ金を得てもまとわりついてくる不安から逃げ切れることはなく自由などとは程遠い感覚を感じる人はきっと多いと思います


結果、稼動していないと不安になりパチンコ屋にいることにたいして自己責任のようなものを感じてしまうようになったりと他人から見れば社会に縛られないで生きているスロプやパチプのはずなのに義務感みたいなものが内から出てきたりすることがありました




義務感と責任感から毎日のようにホールに通い詰めていく中ではした金だけはつもっていき、玉遊びと絵合わせに興じているといつのまにか一日が薄くなっていく

台の光と音による無機質な刺激にもしだいになれていき、ただただうるさい



マンネリ感などというポジティブな方向性ではなく、毎日ホールに通いつめているといつのまにかそこにいてもよい自由と同時に理由も見失っていく




理由を持って生きろ、夢を持てなんてそんな高潔なことをまさか言えるわけがありませんがそれでもなにか糧みたいなものは誰にでも必要だと思います

それが専業をしていても得られるものなら自由を感じることができるでしょうし理由もきっとそこにはあるのでしょう
私は理由も自由も感じられなかったので長くは続きませんでした



こういったものはおもいっきり主観の問題ですのでこんなブログで書いてもしょうがないことではあるのですがどこかの誰かの理由のない人間の事由にでもなればいいかなと



由緒正しく生きろなんてそんなどこかの団塊のおじさんみたいなことを言うつもりはまったくないですが由緒が良いか悪いか




そんなことはどうでもいい話
George
ヨイショ
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| パチンコ パチスロ | 00:50 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~嘘と真と誠~

すこし前の記事にたくさんコメントをいただいたのですが意外とそういう話が好きなんだなと似たような記事でも書いていきますね



情報化社会を生きる術のような話なのでパチスロはほとんど関係ないですがパチスロブログについては多少は関係してくるかな



昔、大学でマスメディア論の授業をとった時にメディアリテラシーの話の中で教授はこんなことを言っていました

「完全に客観的な情報など存在しない、客観とはどれだけ主観から距離を置けるか」



私はなにか妙に納得してしまいました
メディアは何万とある事件や出来事の中から選別してその日のニュースなどを流しますがどういったニュースを流すかは様々なものに影響されうるということですね

スポンサーや視聴率にディレクターの選好などがある以上は公共放送といえども、第4の権力といえども完全な客観はありえない




客観的な情報がありえないとなると私たちはいったい何を持って嘘か真実かを判断しなければいけないのか?
そんな疑問にぶち当たります


パチスロの話ですのでパチスロの情報などに焦点をあてて書いていきます

ネットなどを徘徊しているとありとあらゆる儲け話やうまい話などが転がっていますね、パチスロですと直撃打法や情報商材にトレードですとコピートレードや聖杯のようなもの

こういうものは基本的に「怪しい」のですが客観的な情報がありえない以上はこういった情報に価値がある可能性も捨てきれないのも事実です




地道で着実が絶対的な美学である日本人の気質ですからこういったものは真っ向から否定して買う価値はないと判断しますがどこかに価値のある情報は存在すると私は思っています


金を稼ぐのはつらい
真面目に働いたから、努力したから、人より汗水流したから、人より痛い目にあったから、きっと報われる

もうそんな時代ではないとも感じます



それこそ会社に何十年と奉仕してきた人間がいきなりリストラされて路頭に迷うはめになるなどめずらしい話ではないですしもう既存の価値観で真面目に働けば幸せになれるなんてものは前時代の遺物でしかない
悲しいですけどそれが現実なのかなと



そういった意味では情報商材を買う人間を馬鹿にするうちに最も馬鹿なのは情弱とあおっていた自分自身だと気づく時がくるかもしれません



商材屋やアフィブログに巨大掲示板は信じないのに私達は「それらしい情報」だけはなんのフィルターも張らずに信じてしまう

ニュース番組の内容や恋人、友人の言葉に著名人や有名人の声、wikiの内容等

どこかそれなりに説得力がありそうなものだけは信じてしまう




なにをもって商材は嘘、ニュースは真実などと言い切れるのでしょうか
どちらも主観的な情報である以上は疑う余地があるはずです



ようは情報というのはどれだけ主観からの距離があるように見えるかが問題であり、メディアリテラシーとはつまり主観からの距離を見る精査能力が問題になってくるのではと




パチスロの話ですとあのブログの収支は嘘くさいだのあの期待値は嘘だの何の根拠もない反論のようなものを見かけることがありますが専業で月に20万勝っていますなどというと無条件に信じる人が多いでしょう

20万ですとどこか現実的で説得力があるように見えるからです
人間は自分が信じれるものだけ、もしくは信じたいものだけ信じるようにできていますから100万勝っているだのは嘘だのあの機種の期待値は高すぎるだのと自らの経験という何の根拠もないもので物事を断定しようとしますが

私達が知っていることで決着がつくものなどほとんど何もないと思います



実際、私は今のご時世でハイエナで月70万も勝てるなどとはあるブログを見るまでは知りませんでしたしネットがなければ年に1000万以上勝つ専業さんもいるなどとは夢にも思わなかったでしょう

これらも嘘だか本当だか知りませんが・・・こういったものもただ嘘だと否定する気持ちもわからなくはないですがまっこうから否定してしまったら終了ですからね



どれだけ本を読んでもアンテナを伸ばしてみても知らない、わからないことのほうが多いです

嘘だ、真だなんてことではなく誠だろうものは信じるのではなく信じてみても良いのではないでしょうか




めんどくさいですね
George
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| パチンコ パチスロ | 23:11 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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唾をはいてはいけない

忘れたころの戯言


白む空も喧騒も画一化された価値観も競争原理も嫌になることがある
敷き詰められた雑居ビルに蠢くように生きるのは耐え難い人もいる、満員電車の中で過呼吸で倒れて運ばれた人を見たこともあります

誤解を恐れずに言えばこの国は腐っていると感じることがある、厭世ではなく疑いとして



それでも私は日本人でよかったと思う

日本人特有のおくゆかしさからのやさしさと静けさに心すくわれることがある
昔、友人にこんな話を聞かされたことがありました


その友人は彼女に振られたばかりでまだまだ私達は未熟で色恋沙汰の消化の仕方もわからないクソガキでした
晩春ですがまだまだ青かったのです

その友人は彼女にフラれた帰路の電車でやむにやまれなくなってしまい泣き出してしまったそうで途中下車しました
感情は振り子だとするのであればもう振り切れてしまったのか涙が止まらなくプラットフォームの椅子でうずくまりながら泣いていたそうです

嗚咽を殺すこともできなかったのか声が漏れてしまい後続する電車から降りてきた人がきづくほどの声で泣いていたのか



電車から降りてきた年配の人がきづきスッと横に暖かいお茶を置いていったそうです
泣き腫れた顔で見上げるのが恥ずかしかったのかすこし間を置いて見ると目に映ったのは遠くに見える疲れて丸まった背中だけだった・・・


そんな人もいる


この世界は思ったほど悪くない
日本人で良かったと思うこともたしかにあります

それとこれは個人的な話なのですがもうひとつ日本で好きなもののひとつが言葉です


隠すことでもないので言ってしまいますと私はパチンコの他にもうひとつ副業しているのですがそれは翻訳です

翻訳というと外国語がわかるとかいう印象を受けるかもしれませんがいざやってみてわかるのは日本語の難しさなのですよね
極端な話をしますと義務教育を受けた人間であれば英文をそのまま訳すというのは誰でもできます
SVOやSVOC、仮定法や過去分詞などの知識があれば辞書でも引いて英単語を埋めていけば訳せないものなどほぼないのですが単純に訳すのと翻訳は違います


むしろ圧倒的に難しいのは日本語の選択のほうですね

例えばwalking bearなんて単語が出てくるとして直訳すれば「歩く熊」ですが児童書であれば「お散歩している熊さん」と訳すほうが適切でしょうし「闊歩する熊」なんて訳す場合もあるでしょう
文脈の流れで言えばヒグマやアライグマなどと限定した書き方になることもあります


まぁ私はそんな明らかに変える必要がある小説など任せてもらえるほど卓越した能力は持っていないのでもっと簡単なものしかやっていなく、ゆえにたいした金にもなりませんが日本語は美しいし面白いと感じる時があります




この世は腐っていると感じることがある一方で面白いとか綺麗とか感じることもあります

閉塞感などといわれる世の中ですが私個人的にもどうしようもなく息苦しい心境になることはあります




ただ・・・非難しても批判しても嫌悪しても絶対に唾は吐いてはいけない


と思います
George
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| 雑記 | 21:19 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~窮すれば変ず~

暑い、熱い、あつい

熱かれば出ず


ということで墓いって暇なのでブログでも書いていきます

パチンコやパチスロで勝つことができるのはそれが社会的にどうであれ、倫理的にどうであれ幸運なことではないでしょうか


もちろんパチンコやパチスロで勝つことによる弊害もたくさんあります

たとえば専業になってしまって社会的には何者でもなくなってしまうこと
自由に稼げるという側面がある反面では自由だからこその妙な義務感みたいなもの
単純なホール内の煙による健康への被害というのもありますね



ただそういったことを考慮しても「金」になる、それだけしか得るものがないとしても金は得ることができるというのは幸運なことだと私は思います


東京駅の八重洲口


大きなビルが乱立して足早くビジネスマンが歩いており目の前を走る車はハイブリッド車やベンツ、黒塗りのクラウンなどが目につく
その横ではどす黒い顔をして倒れるように体を小さなダンボールに沈めているホームレスの方がいます



生活保護で子供の給食費も払えない、リストラされて深夜の交通警備に従事している方もいます、体を売ることしかできない若くてかわいい娘など
先進国といえども世の中のいくらかの人は金のために心や時間をなげうっている人がいます



それに比して言えばパチンコを打ってお金を得るというのはそれが社会的にどうあれ、胸を張れなかろうがとてもとても楽で幸運なことですね
煙くさくても耳をつくような爆音であろうがそんなことの一切が瑣末な不満なのでしょう



パチンコで勝つことができる、ひいてはパチンコを打つことができるすこしのお金がある

金がなければできないことがたくさんあるなどと言われることがありますがパチンコも例外ではないでしょう

期待値いくらだうんぬんといってもしょせん期待値は期待値でしかなく小さくないぶれがありますのですこしまとまった金が必要です
働きながら打っていれば安定収入がありますので軍資金の問題というのはある種どうでもいい話なのですがパチンコを打つことだけを切り取ってみると50万程度は必要になるかと思います


もちろんパチンコのマックスタイプなどで立ち回ればドローダウンもそれだけ大きくなりますので50万では心もとないかんじがしますし
専業さんのように収支から生活費の全てをねん出するとなると50万では話にならないと思いますがパチンコを打つ、それだけのことでもお金というのはかかるのですよね



50万と軽く書きましたが50万は大金です
36歳以上の貯金0の世帯というのは28,6%もいるとニュースになっていたりします
まぁ単純に貯蓄がないから貧乏だというのはおかしな話ですし住宅ローンや車のローンに保険、年金などの支払いその他有価証券なども資産になりますし貯金していてもある日突然全部吹き飛んだりした人もいるでしょうし一概には言えませんが

参考サイト
金融広報 家計の世論調査


パチンコで勝つことは楽だと書きましたが上記の統計を見るとパチンコで勝つことすらできない・・・はじめられない人達も一定数いるということです
私も大学生の金がないときにパチンコをうちはじめたので金がないままパチンコを打つ怖さや焦りに似た感情も知っています


確率の3倍程度のハマリで平常心から半歩ずれていき5倍もはまると一歩横に動いてしまい期待値?なにそれ?おいしいの?

おいしいのかもしれないけどもう食べられないよ・・・なんていうわけわからないものに振り回されたりした経験もあります



今でもそんなにあるわけでもないのですがとりあえずパチンコを打つのには困らない程度はありますがそれでも今の台はふとした時に「だいじょぶかこれ」みたいな怖さを感じることもあります



パチンコを打ってお金を貯めようなどという世間からずれた感覚ですが現実にはそれがまかり通ってしまうのも事実です
しかしまかりとおらせるのにはある程度の障害もあるのでしょうね


期待値やボーダーなどは机上の空論などでしかない・・・とはいいませんが今から勝ち始めようという人がいたら机の上にのっけるべきものが他にもあるという話です


パチンコは金がなければ打てない

本来の意味とは異なりますが
窮すれば変ず、変ずれば通ず、通ずれば久し・・・なんてね
George
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| パチンコ パチスロ | 22:07 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~リンクがないからかけること~

こんにちは、最初にお知らせです

何の縁かこのたびビタ推しさんによるスロブログ品評会なるものに参加させていただくことになりました
スロットが好きだという方には好ましくない拙劣な記事も私のブログには書かれているのでひょっとしたら困らせてしまうかもしれませんがそういった部分も含めて楽しみではあります


興味のある方はビタ推しさんのブログもチェックしてみてください、本音で書くブログという側面では私のブログにも似た部分があるかと思いますので面白いですよ



どう評価されるのかわかりませんが私もパチスロブログについてタブー?のようなものについて書いていきます

リンクがないので書けることがあります




勝ち方や期待値を載せているブログって読者から見れば、打ち手としてみればはっきりいって迷惑です
誰でも見れる、金がかからないぶん雑誌や商材屋などよりもブログやサイトのほうが勝っている人から見れば迷惑でしょう

特に最近はスロットではハイエナが主流になりつつありますがパチンコやパチスロなど実際に現場で打っている時などは店にあるパイの取り合いでしかありません

どれだけうだうだ言ったところで店に入って打つ台がなければ帰るという選択肢しか残されていませんので目押し力だ止め打ちがうまいだの釘読みの技術などいくら練度をあげても打てる台がある環境がなければ発揮できませんね
捻り打ちやビタ押しが趣味だなんていう奇特な方ももしかしたらいるかもしれません


天井狙いなどは特にブログや雑誌が与える影響力が大きいです
ハイエナなんていくら勝てるかは知識の問題もあるでしょうが勝つだけだったら誰でもできますよね、これだけ仕事がない人間が増えている世の中ですから金策としてハイエナをネットで見つけて始めたという人は多いでしょう

ホールでまともに打ったこともない人間が張り付きや長時間徘徊などをする、ホールのハウスルールや不文律を無視してでも金のために動く人間が当然のように出てきます



そしてそんなブログや雑誌の弊害についてはあまり触れられることはありません
ブログは相互リンクやフィードをばらまくことで検索エンジンなどにも上位表示されるようになりますのでそういったサイト間での批判というのは生じにくいというのが実情ですが打ち手からしてみれば・・・ましてや専業さんのように自分の食い扶持を垂れ流しているのを目にすれば「勘弁してくれよ」などと思うかもしれません



勝ち方や期待値を載せているブログなど今勝っている人間からすれば害悪でしかないんですよ

負けている人間を勝たせてあげたい、みんなでパチスロで勝てる幸せを共有しようなどというへんてこなサイトを見かけたりします

わからないです、本人は本当にパチスロで勝つ方法を知らしめるというのが「幸福」につながると信じているのかもしれません


ですがそんなものは手っ取り早く肥大させた承認欲求なだけでしょう、幸福を広げようなどというものではなく広めたいのは広告のほうです


パチンコやパチスロで勝つということはもっと残酷でむごいものであると個人的には思います
あっちのおばちゃんが保留満タンなのに打ち込んだ玉が自分の今日の夕飯になっているなどとは直接的には感じませんが間接的には間違いなくおばちゃんの財布から出てる金で飯を食べている人たちがいるということです



話が飛びすぎました、後半はすこし忘れてください



もちろん私のブログにも勝つためのことなども書いていますので例外ではありませんしどこかで勝ち始める人間がいるかもしれませんが・・・・・ブログを書いて反応があるというのはうれしいものなのですよ
どこの誰とも知らない人達がこんな拙いものでも見てくれていると感じることは嬉しいのです

なのでアへサイトなどをのぞいて単純に稼動ブログなどをやりながら勝つ方法というのを書いているというのもわからなくはないです
誰かに必要とされるというのは何にもかえて大切だという感情は否定するべきではないですがそれでもその感情によって飯の種が奪われていく人達もいるということです



これだけ情報があふれかえっている時代ですから勝ち方を広めることにも何も感じない人が多いのかもしれませんがやはりそれは感覚が麻痺しているだけで
どこか見えない、知らない地域がブログの影響力のせいで天井狙いできなくなるほど徘徊しているやつが増えた、釘をガチガチに閉められたということもあるでしょう


責任など追求できずとも、個々のサイトが与える影響などわずかながらも間違いなくネットの弊害なのでしょうね




ただ今ある情報サイトがすべて閉鎖したとしても結局はまた新しく作る人間が出てきます

需要があるから供給がある、供給があるから需要がある
これは学者でも意見がわかれていたりしますので一概にどちらからとも言える関係でもありませんがパチスロブログの場合には前者の比率が大きいでしょう





もちろん私もサイトで調べることはありますし便利な世の中ですが弊害もあるということを最近は感じます

時代についてこれないやつが悪い、時代の流れだといってしまえばそれまでなのですけどね

ですが最近は潮流ではなくもはや濁流だと感じることもあります
全員、海に放り出されても知らないですよ
George
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| パチンコ パチスロ | 19:34 | comments:24 | trackbacks:0 | TOP↑

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麻雀の話~誰か興味あるかな~

コメントで麻雀の話の要望がありましたので書いていきますね

知らない方は申し訳ありませんが読み飛ばしてください





突然ですが東1局南家で配牌です、何切りますか?

245m27789p179s南西北


だいたいの人が西か北を切りますね、手なりで迷うこともないのですが現代麻雀では統計的に北を切るよりも西を切るのが正着とされています

第一打には泣かせたくない牌を切るのが正着です、ドラの字牌なども特別な事情がある局面以外で抱え込むというのは悪手にしかなりません



上記の配牌では西と北の比較で西よりも北のほうがなかれたときにツモ順が増えるのでかなりの微差ですが西を切るのが正着ですが麻雀は基本的にこういった「知識」で打っていき局面によってゆがめていくゲームです

一昔前までは昭和麻雀などといってきてる時は押せや流れが悪い時はなけなどというのがささやかれていましたが今では有志によって統計的に分解されています


例えばリーチにたいしての放銃率なども
字牌の生牌 5%
数牌の無筋 11%
宣言牌の筋 6%

などだいたいの数字というのは出ていますが正直いってこういう数字を知ったからといってどうこうなるゲームでもありませんね

同じ場況で同じ牌姿などはぜったいにやってこないですのである局面では正しい打ち方がある局面では暴牌になったりします


流局時の収入でドラが見えているリーチにたいして放銃率3割近い牌を通せば差し引き2500点が期待できる局面では押すことが正着になりますが
素点では期待値プラスでも着順の期待値がマイナスになってしまっては元も子もありません



牌効率やあらゆる局面での基本的な数字は頭に入れてあとはいかに局面に対応できるかというのが麻雀の強さなのですがそれがパチンコなどの確率が一定のギャンブルとの違いであり醍醐味でもありますね




麻雀をあまりやらない方に説明してスロットに例えますと設定がよくなければ期待値がでない天井狙いみたいなものでしょうか


1を前提とした天井狙いでもたまにマイナスの設定がありよほどはまっていないと無条件にプラスとはならない
わかりにくいですね



まぁ麻雀はパチンコとちがって勝つ負ける以前にコミュニケーションツールとしてもゲームとしても純粋に面白いので楽しく打つことが第一ですね
ガチで打ってるフリーとか天鳳の鳳凰卓とかで打つのも競技としては面白いですが適当に酒でも飲みながら雑談しながら打っていたりするのが一番楽しいですよ


血眼になって金のために打つのはパチンコだけで十分です
George
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| 麻雀 | 01:00 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~群像~

ハイエナと設定狙いのお話、というよりも成り立ちとか認識とか客観とかいうお話



群像というのはさまざまなことに及びます
世の中に存在することなど圧倒的に知らないことのほうが多いですが人間誰しもその人物だったり仕事だったり業界だったりにたいしてイメージするものがあります


たとえば弁護士や検察などというと正義というイメージが強いですが中にはロースクールを卒業して運良く司法試験に受かってしまって書類を適当に片付けているだけの人もいれば予備試験から猛勉強してハングリーなのに闊達で実務能力もなにもかも素晴らしい人もいるでしょう



最近、半沢直樹というドラマが話題になったりしていますが銀行のイメージというとなんでしょうか?
銀行ですと変額保険や導入詐欺に不正融資、晴れの日に傘を貸して雨の日に取り上げるなんていうイメージが先行する人は悪いイメージがあるかもしれません
なにか事業をはじめて融資をいただけて人生が変わったなどという人は社会になくてはならない存在だと感じる人もいるでしょう


ファンドというと他人の不幸を食い物にするというイメージが強い人もいれば市場の流動性に一役かっている点で資本主義を支えていると見る人もいるでしょう


ドラえもんを子を持つ親から見ればのびた君を甘やかしすぎだと考える人もいます



じゃあパチスロでハイエナって聞くとなにをイメージするでしょうか?

張り付いてマナーも最悪、ホールにも客にも煙たがられる存在で社会的にも必要ない
あらかたそんなイメージがでてきそうですが


じゃあ非営利でボランティアをやってて復興支援のわずかな運営金としてハイエナで稼いだお金が必要になる、そしてその人にはハイエナしか金策がないとなれば誰がハイエナをやめろなどということができるでしょうか
大切な人が海外で手術をしなければいけなくて何にかえても金が必要なんだという人がハイエナするのを誰が止めることができるでしょうか
かなり極端な例ですがありえなくもないですね


パチスロで設定狙いで勝っていると聞くとどんなイメージを持つでしょうか?
今はハイエナがメインなので想像に難い人もいるかもしれませんがすくなくとも真面目というと変ですがきちんと打って勝っているというイメージがあるかもしれません

ですが結局設定狙いでもマナー違反するやつはいます




結局はハイエナが醜い、設定狙いはまともだというのはイメージ、群像の問題なだけのような気もいたします
個別の事情などを勘案すればハイエナしている方でも素晴らしい人間もいれば設定狙いでも目を覆いたくなる醜悪な行動をしている人もいますしね

方法として見れば好ましくはないのがハイエナというものかもしれませんがそれ自体でくくれるほどたいそうなものではないと



パチンコやパチスロなど勝っていようが負けていようがハイエナしてようが設定狙いしてようが結局なんで打つかといったら金です

それがパチスロを打つ理由なのですから根源的な欲求を見れば・・・観念論(精神のほうが根源的で、物質は精神の働きから派生)としてみれば大差はないのでしょうね



青春やいじめがどちらも無邪気さから来るように
George
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| パチンコ パチスロ | 22:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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勝つためのパチスロの話~九九~

負けている人にパチスロの勝ち方を教えたことがある人も読者様の中にはいるかもしれません


私は基本的にはパチンコで勝つ方法というのを普及させようなどという気は毛頭ありませんし、私のブログを見ても勝つということには直接的にはつながらないでしょう



多くの勝ち方や期待値などを掲載しているブログはただ勝つための「方法」に焦点を当てて並べ連ねていますがパチンコやパチスロは理論よりも行動力、長時間打っていられる体力や精神力みたいなものに最も重要なのはどう行動するか考えることなのですよね

負けている人は期待値などというものを知れば鬼の首を取ったかのように理論として吸収して期待値に足る台を見つけるようになるのでしょう
私もそんな時期があったような、なかったような


ですが、もう期待値で止まってしまったらまともに勝てる時代ではないです

どう行動するかを考えていかに人に飲み込まれないか、どこに身を置いているのが良いのか
期待期待値などとでもいいましょうか、そういったことのほうが期待値を知ることよりもはるかに重要です


期待値は雑誌やブログなどでも知ることができますが期待期待値に触れているサイトはあまりないように思えます

期待値というのはまさに理論的ですがどう行動すれば良いか、期待期待値についてはどの地域に住んでいるかもわからないので普遍性がないゆえにブログやサイトなどでも集客性がなくあまり触れられているのは見たことがありません


なぜパチンコでは仕事量を出していくのかが最も説得力に富む説明になるかと思いますので書いていきます

期待値や仕事量を積むということ自体が方法として確立されていますが現実に仕事量をいくら「積んだ」かというのはこの上なくどうでもいい数字です

収支をあげる方法として仕事量を積むのであって仕事量を積むこと自体には実際には価値がないのですね
じゃあなんでわざわざ過去の仕事量を出していくのかということなのですが

これからどう打つかという指針として有効だからです

あっちの台はあのよりとへそで~回転だったから次打つときの基準として持つことができます
あの店で打った台は万年釘でもステージが良いから使えるな

などと将来における指針、灯台としての役割があるので仕事量を出すのであって過去いくら仕事量を積んでこれだけの欠損が出たなどというのはまったくの無意味ですしただの自己満足でしかありません
話のネタとしてなら面白いかもしれませんが勝つということにおいては一銭にもならないのですよね


負けている人間が期待値を知る、じゃあ多くのブログなどがやっているように収支と仕事量に期待値を出す・・・ここで止まってしまったら現状を考慮するとホールでバイトでもしたほうが手っ取り早いですよ

仕事量を出してどうするのかと考える

それが期待期待値を知るということですね


ただ負けている人に「期待値」などという概念を教えたから勝てるようになるというのは小学生に九九の表を覚えさせているだけでテストで点が取れるようになると嘯いているだけのような気がしてなりません


計算というのはそういうものではないですよね、因数分解や四則演算に微分積分に二項定理などを計算できるようになるというのは数字よりも考え方を知るというのが大きいです



しょせん期待値など九九の表に過ぎないと個人的には思います
誰もが知る常識であり、知らなければ計算するにはすこし億劫ですがそれ自体にはさしたる効果はないと


フェルマーの最終定理を解けなどというのではないのですから筆算のやりかた程度は覚えたようがいいですよというありふれたお話でした
George
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| 勝つためのパチスロの話 | 20:53 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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