頼むから静かにしてくれ

はじめまして パチスロの勝ち方、雑感 ニュージーランドの話や戯言 時事関係や政治・経済などなんでも書いていきます よろしくお願いします

2013年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年05月

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パチンコの話~生き馬の血~

先日、あるホールのグランドオープンに行ってきました


グランドオープンもだいぶ様変わりしてきましたね、今ではほとんどが大手ぼったくりホールのドミナント出店や新規開拓がメインで中小ホールがオープンするというのはほとんどなくなってきました


それだけ客が大手ホールを選好するという表れで、いいかえればそういう考えが足りない連中しかもはや残っていないということなのでしょう

ホールが出す理由は稼動をつけるためで稼動が飽和状態な大型店などはもはや出す意味がないので勝つためにうつ選択肢としては使えないことが多いです
なにかの隙で使えたりすることもありますが基本的には無駄足になることのほうが多いですね

それでも体力はそこらのホールよりも数倍ありますのでなにかの拍子にとんでもなく出していたりすると客は印象が強くなり大型ホールに集まるということになりますが恒常的に勝とうと考える人間はあまりよりつかないほうが賢い選択にはなるかと思います




グランドオープン初日にいったわけじゃないですが、まぁお祭り騒ぎともいえないほどのしぼんだ出球でそれでもまぁ他のホールと比較すれば打ててしまうのがもはや業界の行く末を感じさせるそんなある日のこと


グランドオープンに行くとどこから出てきたのか、ホール上層部かメーカー関係者だかなんだかよくわからないスーツの人達を見かけることができます


みな一様にして客を手招くようにホールの中へと誘いお辞儀をし、笑顔で声を出していますがふと思ったのです

彼らはいったい客のことをどう思っているのだろうか?



神様?クズども?金づる?
ひょっとしたらただ仕事として片付けているだけで何も思っていないかもしれません



パチンコ屋の営業方針はいかに客をだまして金をサンドにつっこませるか
大まかに概してしまえばただその一点のみに集約されます

仮にお客様が神様だとしたら神様をだますことなど平然とできるのでしょうか?まあお客様は神様などどこの業界でも建前で使われていることのほうが多いですがホールの場合には相当にその考え方は無理があるように感じました


関係者は皆一様にして笑顔で挨拶していますが当の私達はもはや出すか出さないかがその思考のほとんど占めています
挨拶を返す人間などほとんどいません、完全に無視です
ましてやグランドオープン当日となればなおさらです



ひどい温度差です

どちらがどうという話ではありません、金目当てにパチンコを打つ人間もクズなればパチンコなどで負けている人間もバカで私設賭博場を平気で駅前に建てる無神経どももアホです



昔というほど昔ではないですが数年前はアットホームなパチンコ屋もまだまだありました、私もそんなに暦があるほうではありませんがそういう店はいくつか知っています
善悪は別としても・・・クズ同士ですがそれでも血の通った場所がたしかにありました



パチンコ屋に情を求めるのも馬鹿馬鹿しい響きになるかもしれませんが現状はどこから見てもただの賭博場にしか見えません


鉄クズが並ぶ血の通わない世界に身を投じてこそわかることがあります

生き馬の目を抜くようにだますパチンコ屋ですが今の状況は私には血を抜いているようにも見えます


ましてや馬ではなくそれは人なのですから・・・
George
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| パチンコ パチスロ | 22:42 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~無理ゲー怱々~

車検をおろしたばかりなのになんでもないところで車をこすりました

とまりきれなく深くえぐれてしまい修理代が30万近くかかるそうです、中古の軽が買えますね
車はほんとに金食い虫です

保険だ駐車場だ税金だ車検だなんだと免許取る前からばかばかしく思っていたのですが乗ってみてもやはりいまだにそう感じます
都内では電車のほうが早くつきますし区内など車で長時間運転したら道も人もごちゃごちゃしすぎて気が滅入ってしまいます
それでも便利なのは間違いないですね、ただ私の不注意でした
下手くそはでかくて高い車には乗るなという良い教訓ですね


ひどく憂鬱なゴールデンウィークなのですが憂さ晴らしというわけではないですがブログでも書いていきましょう






無理ゲー、事故待ちといわれてひさしいですね


今の台はほぼ全ての台がG数管理の高純増ART機に特化ゾーンを採用していてどれもこれも似たような仕様でその日の収支だけで見たらただラッキーな人が勝つだけの台ばかりです



それでも機械割や期待値どうりに収支は向かっていくのもまた事実ですが現実的に多くの客は収束と言えるほど打つ前に金が尽きます


パチンコで勝っている専業さんや私のような副業として勝ち方を知っていて実践している方々はプラスの期待値が積みあがっていくのでとんでもない不ヅキがとんでもない期間続かないかぎりパンクするような事はほとんどありえないですが
負けている客はそもそもが負ける台を打っているのですこしツカないだけでとても悲惨な状況に陥ることになります



ART機を平打ちで5万G回して一度も5000枚以上出ない

こんなことは今の台平気で起こります
期待値がプラスの人間ならこんなことになってもまだトントンぐらいですむでしょうがただの何も知らない客がこんな仕打ちにあえば少なくとも20万は負けている事態になり、ほとんど出た記憶がないぐらいの金銭的にも精神的にも逼迫した状況に追い込まれることになります


ART単発を繰り返してはまた2万いれて100枚出すの繰り返しが脳裏に印象づけられ出てくる言葉は無理ゲー




収支が荒れるのは私のような勝っている客にとってはどうでも良いのです
パチンコで2万の甘デジと3万のマックスだったら即答でマックスを選びます、問題は客が今の台はバカバカしすぎて滞留しないことです


荒れるから客が打ってくれるというのはどう考えてもおかしいのです
どこかの漫画の言葉じゃないですが人間はそこに希望があればついてきます、絶望感を叩きつけられて立ち上がり続ける人間などいません



希望を作ろうとして今の仕様にたどり着いたのなら打ち手として断言します

そんなものは光明にも希望にもなりません


これだけの玉を一気に出せば客の欲望にかなうだろうと考えているのかもしれませんが客の欲望ではなく客が希求しているものは何かを考えていただきたいですね


無理ゲーでも装飾すればなんとかなる
萌えさしておどかして光らせて響かせればなんとかなるものではないのです

無理が通れば道理になるのではなく無理なものはどれだけ頑張っても無理です




もう今さらどうこうなる事態でも、どうこうしてほしいとも思いませんけれどもね
そのうち無理ゲーでも勝てること自体が幸運だったと言われる日が来るかもしれまん
George
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| パチンコ パチスロ | 01:56 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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勝つためのパチスロの話~均衡解~

今日はちょっと主にハイエナの立ち回り方についてのお話です


ハイエナのみではありませんが最も考え方として効果を発揮するのが天井狙いという台移動を繰り返す打ち方です

雑誌やブログなどを見ていると期待値だ勝率だなんだと単純な数字ばかりを目にしますが現実的にホールに打ちに行く場合には天井間近の台がおいそれと開いているわけもなく、パチンコや設定狙いでも朝から行かなければ今の状況では優良台などあくわけがありません



そこで大事になるのが均衡解という考え方です



行動経済学や統計学をミックスしたような考え方になります
文章で説明してもよくわからないかと思いますので以下の問題を見てください



0~100までの整数を100人が選び全ての数字の平均を出してその2/3の数字を答えた人に100万円あげます

あなたはどの数字を選びますか?すこし読み止まって自分で考えてみてください








平均値は100人が100と答えた場合の2/3、66が最大値なので多くの回答者は66以下だと回答します
すると多くの人間は平均値自体が66より小さい数字になると予測し、30、20,10とついには1まで下がり続けます

数学的な答え、この問題の最終的にいきつくところ均衡解は1です


多くの読者様が1より大きい数字を答えたと思いますが数学的な正答は1です
しかし経済学的な側面を考慮すると1よりも大きい数字が正解となります



多くの人間は数学的な素養など持ち合わせていないだろうと判断し、わざと間違えることが経済学的な側面も考慮した場合の正答になるということです





均衡解をわかった上でわざと間違える人、均衡解を答えた人、適当に答えた人などさまざまいますが数学的な正解がそのまま正解になるということは現実の様々な問題を考慮すると非常に少なくなります



パチスロでも同様のことがいえます
いくら天井の性能が強力ではまればはまったぶんだけ期待値が増加するといっても妥協点というものが必要です
設定狙いでも4を打ちつづけるべき日、パチンコでも単価10円に満たない台を打ち続けるべき時など数学的な正答がどうだろうと現実を考慮して立ち回ることが必要になります


それでも妥協すればいいと話ではありません

いくら今の状況が過去に類を見ないほど厳しいからといって天井狙いの期待値が500円で打つのは妥協しすぎですし1台あたりの期待値がひくければ期待値以上にリスクそのものが高まっていきます
パチンコも単価5円しかないマックスなどもはやリスクしかないと言ってしまってよいでしょう



大事なのは自らが打っている地域の現実を本当に知るということです

どこまで妥協すべきか、どこまでリスクをとっていくのか

均衡解を知り、そこに自らの地域の現実をぶちこんでどう打つべきなのかをアジャストしていきます


ブログや雑誌などでどこから打てば良いのかなどと書かれていたりしますがその意見はあくまで他の方の現実の意見もしくはただの役にたたない均衡解なだけという可能性が高いのです



あなたの現実はどこまでもあなたの現実でしかないです

効率をあげる、収支をあげるというのは均衡解を知り現実を知ることで初めて成り立ちます



雑誌やブログなどで期待値がいくらだうんぬんだというのも結構ですがそれ以上に自らで考えてどう打つべきなのかを判断しなければただの頭でっかちになってしまいますよ

私のように
George
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| 勝つためのパチスロの話 | 23:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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恋とか愛とかのお話2

続きを書くつもりはなかったのですが・・・読者様がどうやら色恋沙汰の話が好きなようでたくさんの拍手をいただいたので続きのほうも書いていきますね


前回の記事はこちら
http://alcholiday.blog81.fc2.com/blog-entry-342.html

ヴィーナスフォートの入口を歩いていたのです

ふと振り返ると名前を呼んでくれなったことがなかった彼女が意を決したのがわかるほどに確かでしかしいつも通りの静かで心地よい声で私の名前を呼んでいました


私は立ち止まりつないだ手を結びなおすように握ると彼女の手も小さく握り返してくれたことがわかりました

私はその場で抱きしめてしまいたいほどの衝動に駆られましたが「ありがとう」と一言だけ言い再び歩き出しました


人間はとっさの出来事に弱いのか私は喜びと同時にものすごく驚いてしまって手を強く握ることしかできなかったのです



びっくりしました

まさか3か月も前の私の不満ともいえない嘆きを覚えていたことにたいして


その後もふらふらと歩いていたのですが私は驚いてカラ返事みたいな感謝の言葉を言ってしまったことがどうしてもひっかかっていました


私達は買い物が好きだったのでいろいろな店を見物するとすこし歩き疲れて海岸に行くことになりました

外に出るともうすっかりと夜になっていてクリスマスのイルミネーションが光輝いていて道行く人もどこか幸せそうに見えると私も穏やかな気持ちになり、彼女が勇気を絞り出してくれたことへお礼をしなければいけないと・・・そう素直に誠実に思ったのです


ドでかいクリスマスツリーを横目に私達は海岸まで歩いて海とレインボーブリッジを見ながら休むことにしました



あいもかわらずに口にする言葉も多くはない私達はボケッと景色をながめていたのですが私はいつお礼を言おうか

そんなことばかり考えていましたがふと気づいたら


「ありがとうね」とそう自然に口にしていました


なんのことかとわからなかったのかすこしきょとんとしたような表情を見せたあとに察してくれたのか彼女は静かに笑って「いいよ」とつぶやくように言うと私はその場で・・・





その後は読者様も察してください(汗)
George
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| 雑記 | 23:58 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~拒絶感の錯綜~

ここじゃない、あっちでもない、そうでもないああでもない

こんなことしてる場合じゃない、ここは自分のいるべき場所ではない


結局はどこでもない




パチンコを打っているとそんなことを感じることがあります。完全に割り切って打つには遊戯性や射幸心に煽られてふらふらと揺れて雑念が頭を支配するようになりそのうち・・・意図的に拒絶するようになります

私自身のことですがこういったことを感じるパチプやスロプの方は多いとおもいます、またこういったことを感じないことがパチンコで長く生活し続けることができるある意味で才能と言ってしまっても良いかもしれません
一日中玉をはじいていることを良しとする

多くの思慮ある人間はいくら稼ごうとも決してそれがまともな行動だとはどうしても思えません


私はそこまで世の中を割り切ることはできませんしどこでもなくともどこかもうすこし綺麗なところへ行きたいと思っていました


けっして世間的には誇れることではないパチンコ生活していることを拒絶しそれでも打ち続けるしかないんだと現実と拒絶が錯綜していきひどく混乱してそのうち蓋をするように無関心になります



パチンコがどうでもよくはないのです、くだらないから簡単に捨て去れるほど浅い関係でもなければ私はまるめてポイッと捨てることができる人間でもないのです

時が経ち意図的にかぶせた蓋をあけてしまえばやはりいろいろな感情が湧き出てきますし感謝や嫌悪などや趣向もみえてきます


最近はそういった感覚をすこし取り戻してきた気もしますがやはり真正面から向き合うにはパチンコは負の面が大きすぎますしそういったことを現場で直接見てきたのでいまさら直情的に好きか嫌いかで論ずる気にもなれません




ここでもないけどどこにもいけない
現実と拒絶の狭間でどうしようもなくなってしまい、それでもただ一つだけ言いたかったことはすこしだけ静かにしてほしかった




考えすぎか若かったのですかね
今はここで良いと・・・悪くないと感じています
George
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ブログ更新滞ってしまい申し訳ありません、すこし忙しいのでたまに覗いてください

| パチンコ パチスロ | 00:34 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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勝つためのパチスロの話~合成確率の誤謬~

めずらしく・・・最近すこし頑張ってパチンコのほうも打っていこうかなとモチベーションみたいなものも出てきたので勝つための話のほうもちょろちょろと書いていきますね

稼動記事のほうは何か面白いことでもあった時にでも書いていきます



ジョン・メイナード・ケインズといえば高校の教科書にもでてくることもあるので一度は誰でも聞いたことはあるかと思います


ケインズが言う合成の誤謬とは経済学のミクロとマクロの視点での貯蓄の善悪について述べたものです
金は個人にとっては貯蓄したほうが良いけど国(マクロ)として見れば使っちゃったほうが良いよということです


簡単ですね、経済学なんてものは誰でも言われればわかることをモデル化したり言の葉で飾ってみたりしているだけだったりするものが多いのです
人間の行動を最も知っているのは人間なので当たり前と言えば当たり前ですがそれでも知っていることを実際に行動に移すとなると難しいものです

かなり多くの間違いというものを私達は愚かにもやらかします




合成確率の誤謬ということなのですがパチスロという様々な確率を扱って設定というものを追っていく場合にもミクロな視点とマクロな視点がありますね



例えば番長に狙い台をつくり朝一から座って判別していったとしましょう

上段ベルが1/110程度で引けているのに天国移行率や通常頂確率が悪くさらには朝一に変更を確認できなかった

上段ベルが最も重要だと考えている人はこういった状況でも追うかもしれません、ミクロな視点では上段ベルの確率は良いのでまだ打つべきですがマクロな視点では他の要素が悪すぎるのであればやめることが正着となるでしょう


ミクロな視点というのはマクロで見るとむしろ逆の結果になるというのがしばしば起こりえます

私達はパチンコやパチスロを打つさいにはこれでもかと視野を広げて打っていくことが勝つためには重要です
上記の番長の例でもマクロ的な台の判別ではやめることが正しい選択に写りますが店の傾向やクセを把握している人たちから見ればまだ打つことが正しい選択になるかもしれません

店のクセや傾向を把握していてもひょっとしたらパチンコで日当て4万の台があってそちらを打ったほうが良いかもしれません、隣りの市では羽根ものの調整が良くて勝率100%の台があるかもしれません


判断は往々、順々にして逆転すべきでありその場に留まるというのはむしろ後退している可能性が高いということを知ってほしいのです

ハイエナブログを見る人間はひょっとしたらハイエナしかできなくなりとんでもなく後退するかもしれません
パチンコのマックスタイプが怖いという人間は確率から逃げているだけで期待値という面で言えばその機会を損失しているかもしれません




泳いでいなければ死んでしまう

私達もマグロのように回遊していなければならないのかもしれません、餌に食いついて傷ついたとしても釣りあげられなければ良いのです
George
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| 勝つためのパチスロの話 | 02:14 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~なぁ、お前の夢は玉で買えるのか?~





宝くじのCMがすごい勢いで流れているのですがいったいなんなんでしょうね
宝くじほどぼったくりなギャンブルもないですが億というケタ違いの金額に釣られる人たちがかなりいるのでしょうね


すこし興味がわき、宝くじについて調べてみたのですがどうも宝くじの高額当選者というのはその後の人生においてあまり幸福な生活を送っていないという情報が出てきます


幸福度の効用という考え方では年収1000万以上からはいくら年収があがっても幸福度は増加しないという研究がでています
アメリカのどこかの大学が出したものだと記憶していますが別の説では600万から上がらないという説もあるようです


けっこう有名な話ですが年収600万というと死ぬ気で働けばなんとかなってしまう金額ではないかと思いますね
もちろん企業に勤めながら手取り収入でそれだけの額を稼ぐというのはかなりの能力や地位が必要になってきますが副収入などを駆使すれば手の届かない金額ではないように感じます


パチンコでも日当て2万の台を300日稼働もしくはパチスロでも設定狙いとハイエナを終日繰り返して一日も休まずに続ければなんとかなってしまう金額じゃないかと



600万稼ぐというのが容易だという話ではありません、私は600万も稼いでいませんしまだまだ未熟な若輩者ですので600万という金額はものすごい大金だと感じます



論点は600万が手の届かない金額ではない、しかし600万稼いでもそこからいくらあがっても幸福にはなれないということです




昔はそれこそパチンコやパチスロで600万稼いでいるという人たちは探せばけっこういましたが今はわずかなトッププロか稼働時間がものすごい人しか手の届かない金額です
それでも人間が金から得ることができる幸福というのは死ぬ気でなんとかすればなんとかなってしまう程度のものでしかないということですね


「生きることは義務ではない、幸福が義務である」などとアランの「幸福論」という本に書かれていますが金を稼ぐというのは義務でもなんでもなく生きるため、幸福であるための手段にしかすぎない


手段のために生きるというのは本末転倒です
幸福が義務であり生きるというのは呼吸すること、金を稼ぐというのは単なる手段にしかすぎない
それでも幸福を捨ててでも金のために生きる、必死で金を稼がないといけない状況というのも現実的にはありますが義務を怠ればなんの権利も行使できなくなってしまいます


玉を打って金を稼ぐ
それが幸福ならなにも言うことはありません、そういった人間が狂気か陽気かはその人にしかわかりません

パチンコが大好きな人もいるでしょう、それが夢だという人もいるでしょう
それが生きる手段ではなく幸福である手段であるならばいくばくかの権利もあるでしょう


好きでもなんでもなくそれでも生きるためにはパチンコを打つしかないという人達もたくさんいるでしょう


1000万稼いでも金のために生きる人間もいれば100万で自給自足して幸せに生きる人もいるでしょう



価値観などそれぞれでましてや幸せについてなど下世話すぎますね
ただ玉(お金)で買えるものはそれほどたいしたことじゃないかもしれませんよ
George
押してくれると幸せです
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| パチンコ パチスロ | 23:52 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

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これからのパチンコの「正義」の話をしよう

福島第一原発事故から丸2年がたちました

パチスロのイベント規制からほぼ2年がたちました


そんなわけでということでもないですがすこし道徳的な話でもしてみます




東日本大震災によって原発は国際原子力事故評価尺度(INES)の測定で最悪レベルのレベル8の大惨事と位置付けられるほどの被害になりました、というよりもこれからどうなるかわかったもんじゃないので潜在リスクも考慮しての格付けかと思いますがそれでも原子力というものの危険性を残虐にも唯一の被爆国の私達が再度味わったことになりました



それでも原子力というものは火力や風力に水力などとは比較にならないぐらいのエネルギーを生みますので今でも原発の賛否は議論されています


そのような比較にならないほどのエネルギーを生む原子力には様々な利権が群がっていました

東京電力をはじめ原子力村や名ばかりの調査機関に独立行政法人など原子力の恩恵により利益を得ていた人達、彼らの得た利益というものはその個人や法人の能力以上に原子力がもたらすものが大きかったはずです


彼らは原子力というものがもたらす恩恵により生きていたにも関わらずにもそれだけの仕事をしているのだと、自らもまた私達国民も妥当な報酬であると疑うこともしませんでした





しかし福島第一原発は事実上のメルトダウンでレベル8の惨事になりその恩恵は一転して国民の非難の的になりました

さらには東京電力が国から助成金を得たにもかかわらずボーナスを出すという報道に国民は怒り
はてにはその批判の熱により成功していた芸能人が右翼化してほされたり各地でデモや集会なども行われました



東電という大企業はボーナスを出すのにも大幅な減額を行いましたが国民はみな一様に

「国から金をもらい国民を殺しておいて賞与とは何を考えているんだ」
と口をそろえて言いました



東電の人たちはその能力以上に寡占企業であり原子力という恩恵によりその能力以上の利益を得ていた、言い換えれば生かされていたにもかかわらず批判が集中したのは事故後からです


いったいなぜ原子力にいかされていた企業にもかかわらずそれが国民により批判、是正されるのは事故が起きてからだったのでしょうか?


能力に見合わない以上の利益を企業として享受していたのなら事故前に是正されてしかるべきです


原子力の持つリスクが現実的に起こってしまったから
事故自体の東電への責任追及としての批判



成功はそれがいきすぎても非難の対象にはなりません

非難の対象になるのは常に倫理のない成功と失敗です、その非難が合理的かどうかに関わらず




正義があるかどうか、そんなことをパチンコというまるで正義を感じない虚業にぶちこんで話していきましょう





パチンコで利益を得ている人たち

メーカー、ホール、遊戯機の検査機関、台の部品を製造する下請け、版権、攻略雑誌、パチプロなどですかね




彼らは皆一様にして負けている客の財布から出た金により生活しています

負けている客はパチンコにより得ることができる高揚感や非日常感がサンドに突っ込んだ金に見合うと感じているのでしょうか?

ごく一部の客はお金を払ってでもパチンコを打ちたいかもしれませんが多くの客は金のために金を払っていると言い換えれるほどにパチンコそのものなどどうでも良いと感じていることでしょう

どうでもいいんですよ、パチンコ台のなにがどうこうなろうと客はそんなものがどうなろうが知ったこっちゃなく結局は玉が出るか出ないか


だから絶対にスペックが甘い享楽の台は人気があり、ひぐらしなどは長期稼動しているのです
享楽の台は必ず表記出玉が取れた時のボーダーが17回以下になっていますのでそれだけメーカーそのものに信頼があり他メーカーよりも客が打ってくれるのでホールが入れているだけです



演出や台の出来のうざったさで行ったら享楽もサンキョーもサンセイもたいして変わりません。
むしろうざったさでいったら享楽の台のほうがひどいようには感じますね


疑似連3回にゼブラ柄が出て役物がガっシャンガっシャンして最後にはボタンスッパコーンと飛び出して結局はずれ


そんなことになっても享楽の台が人気があるのはスペックが甘い=玉が出るからです



メーカーがどれだけ頑張って台を作ろうとも肝心の打ち手が見ているのは出るか出ないかだけ
その他は矮小で泡沫な自己満足の形骸なだけ
悲しいお話ですね


それでも良くできていると感じるものもありますし断定はできないですがスペックが8割といっても良いほどにパチンコの本質は金そのものに集約されます



負けている客はパチンコそのものに金を払っているのではなく金のために金を払っている
原子力のために過剰な利益を得ていた東電のようにパチンコがギャンブルではなくなったら残るものなどあるのでしょうか?


おそらくは原子力のそれよりもひどいことになるのではないかと思いますね

それほどにパチンコというのはその実態が薄くゆえに虚業と呼ばれています
完全に負けている客のアホな思考により生かされている人達がたくさんいます、どこまでいっても実業にはとどかなく客の勘違いにより虚しく生かされている


それでもどこかに正義があればどこか寄る辺もあるかもしれません


メーカーが客のほうを見て台をつくりホールとの需給価格ではなく客の需要にこたえるように適正台数をつくる
ホールがいかに客を呼ぶかではなくいかに客にきもちよく打ってもらうか


ただの理想論ですね


夢物語どころか化物語に近いです


現在ホールやメーカーがやっていることといえばいかに勘違いさせるかいかに混乱させるかいかに思考ストップさせるか

東電が行っていたいかに使用済み核燃料を廃棄するか、いかに低コストで発電するか、いかに安全性を市民団体にアピールするか




まるで正義を感じない両者の結末は似たようなものになるかもしれませんね




結局何が言いたいかって?











台の下にタービンつけて発電すれば良いんじゃないかな
George
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参考本:これからの「正義」の話をしよう  マイケル・サンデル

| パチンコ パチスロ | 00:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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