頼むから静かにしてくれ

はじめまして パチスロの勝ち方、雑感 ニュージーランドの話や戯言 時事関係や政治・経済などなんでも書いていきます よろしくお願いします

2013年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年04月

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パチスロの話~埋没期待値~

期待値と題名に書くとブログ村から読者が集まるという狡い魂胆で書いていこうかと思います


よく期待値を稼ぐなどという言葉をブログなどを見ていると目にします、私も言います


期待値を稼ぐ

なにかどこかの宗教みたいな響きすら感じるパチンコ勝ち組の方々が言っているこの言葉なのですが期待値は稼いだけど収支では負けたという場合には期待値は積まれるのではなく埋もれると考えるべきです



埋没費用(サンクコスト)という考え方があり
例えばあるサラリーマンが新幹線の切符を事前に5000円で買っていて当日になって失くしてしまい、再度切符を購入する
この時最初に切符を購入した金額が埋没費用と呼ばれます

5000円を支払って新幹線に乗るということが彼が考えた合理的な選択であるのだから彼は再度切符を買うことを選ぶはずです
しかし彼は新幹線に1万円の価値があるのかどうかという感情的な損得勘定で考えてしまい安価な夜行バスで行ったりするようなことが多々あります


ここで紛失した切符に支払った5000円は埋没してしまっているので切符を新たに買う時の判断材料には加えないというのが合理的な判断であるということです



ただで損するわけにはいかない


簡単にいうとそんな心境ですがパチスロの期待値においてもそんなある意味で盲信に近い考え方をしている方が多いのではないでしょうか

期待値などと数学的な、合理的な判断によって行動しているのにその根本はとんでもなく感情的なものに依存し安慰になる矛盾



期待値よりも収支の分散のほうがでかい日当て1万ちょっとのパチンコのマックス機、ゾーンと呼ばれているだけでチャンスゾーンではないような期待値でもわずかでも期待値があるから打ちまくった結果、とうてい安定するはずもなく中期的に見ても収支ではとんでもなく負けていることはしばしば起こり得ます


で、絞り出す言葉が

期待値は稼いだ


期待値は稼いでいるからおk、そのうち収束するはずという考え方がどこから来ているのでしょうか・・・
期待値も収支も収束などしません、砂糖水や海水に真水を流し込むように薄まっていき人間の舌では判断できないようになるだけです
それでも沸騰させれば(エクセルにでもぶちこめば)甘かったりしょっぱかったりという判断ができるようになるだけです


期待値は埋もれます

それでも切符を買い続けられるのなら良いと思いますが夜行バスに乗ってしまうようならいますぐにそんな打ち方はやめることをおすすめいたします


そのうちマグロ漁船に乗るようなことにならないためにも
George
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| パチンコ パチスロ | 00:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~冷静に考えてもうハイエナするしかない~

すこし時間があるのでヒマな時に勢いにまかせて書いていきましょう


ちょっと思ったことがあります



もうハイエナするしかないんじゃないかな・・・

基本的にハイエナという打ち方に関しては否定的なのですがことパチスロにおいて現在の悲惨な状況で勝ちにいこうと思ったら天井機能に依存するしかないかと私も感じるようになってきました




私よりもパチスロの情報に詳しい方々はもうとっくに気づいているのかもしれませんがもう設定狙いはかなり特殊な状況でしかできないものだと思います


専業のように数多のホール情報に精通している方々はまだまだ設定狙いでも勝てるよと言う人もおそらくいるでしょうが兼業で休日にデータのみを駆使してまともにツモれるかといったら限りなく厳しいです



勝てるか勝てないかでいったら勝つことも可能ですが期待値という側面で見たらその費用対効果はおそろしく低くなるんではないでしょうか
まともに狙える機種といったらジャグラーぐらいしかないです、すくなくとも私の感じるところでは





設定狙いが厳しくなった理由は巷で言われている台の仕様上ももちろんそうなのですがもっと大きい理由がいくつかあります



・1が辛すぎる

設定1の存在というのはスロットを打つことにおいて絶対に避けられないものなので6の割よりも重要であるような台もあります
以前の記事にも書いたことがあるかもしれませんが機械割というのは打ち手が打つ際には設定1を打つ確率と高設定を打つ確率に比重をかけて期待収支を出しますので設定1の割が辛すぎると打てる状況というのがかなり限られてきます

パチンコのボーダーラインやゲージに近い感覚です

例えばパチンコのエヴァ7などは基本ボーダーも辛くスルーゲージも悪い上にほぼ間違いなくサポ中に玉は増えませんのでそもそも店がとんでもなく釘をあけていないと勝つために打つ選択肢にはハナッから数えられません


スロットでも同様のことが言えます

1の割が辛いと6の割が多少高くても比重をかけると平均割が相殺されて実際に打てるレベルの状況というのはかなり少なくなってきます



極端な話、1の割が99%の台はそれなりにイベントなどで判別もなにもしないで適当に打っていても勝てます



設定1は設定6を殺します


無理ゲー云々などは1が甘ければどうとでもなります
引けないプレミア役や特化ゾーンみたいな仕様でも結局は全てを決めるのは機械割です


荒すぎるから機械割が低いのか、機械割が低いから荒れる仕様なのか
卵が先か、鶏が先か


おそらくは鶏を育てている人間が悪いんですからどうしようもありませんね




もう一つ決定的に設定狙いが無理な理由があります




そもそもホールのやる気がない


ホールが出さなければ出せません、誰もが理解可能な最も単純で原始的な理由です
最近はもうジャグラーぐらいしか見ていないのですが店は完全にやる気ないです



もう一度言います
完全にホールはやる気ありません



パチンコの還元率はおよそ90%程度で推移していましたが近年はその高還元率も85%ほどまで落ちてきたようです
ちなみに宝くじは47%、競馬は75%強のようですのでパチンコは間違いなく勝ちやすいギャンブルであるといえますが一方で売上が莫大すぎるので還元できるという面がありました


しかしその売上も遊戯人口の減少により減ってきて還元できるほどの体力がなくなってきたのでしょう
ましてや一般客ではなくパチプやスロプに還元する余裕などないのでしょうね

昔はパチプやスロプはホールの広告塔みたいな立ち位置で粘って出してもらうことでそれ以上に一般客の集客が見込めるような状況でした
好循環でうまくまわっていたものですが最近はパチプやスロプというのはイベ日など以外では間隙をぬって出すぐらいしかないのではないでしょうか?


実際にホールもその集客方法を出玉や設定、釘以外の部分にシフトしていっているように感じます

漫画本を何百冊も置いたり、あんなクソうるさいところで漫画なんか読まないですよ普通は
挨拶を徹底したり、挨拶が良いのは素晴らしいですね
分煙だったり居心地そのものに重きを置いて経営しているような印象を受けます



私のブログはパチンコで勝つことを推奨しているわけではないので率直に個人的な意見を言わせていただくと
もはやまともに設定を狙いに行ける状況ではないです


少なくとも兼業としては
George
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| パチンコ パチスロ | 22:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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恋とか愛とかのお話

たまにはすこし感情的な話でもしましょうかということで恋とか愛とかいう話でもしていきます


Alcholidayの恋愛感なんてだあれも興味ないだろうというのは今この瞬間だけ忘れて書いていこうかなと思います



人生において付き合っていて自分からフッタことが一度もありません
そんなに経験豊富じゃないどころか普通の方よりも恋愛に関してはかなり疎いほうだと思いますがフルことがどうしてもできませんでした


彼氏彼女になると常に連絡を取り合い、休日などにはほとんど一緒にいたりしてややもすると家族以上にその関係というものは好き嫌いにかかわらず深まっていきます

すくなくともよく雑誌やテレビに出てくるような形だけの恋愛というものは今まで一度もしたことがありませんのでどうしても相手に恋や愛とかいうわけのわからないような感情以上に情そのものが芽生えてきてしまうのです



同情や共依存一歩手前みたいなことに私のほうがなってしまうことが多く、ゆえに一度も自分からフッタ経験というものがありません


なにか書いてて恥ずかしくなってきました(汗)赤裸々な話になってきましたが続けていきます



そんな私なのでよく優しいとかなんとか言われたりするのですがただ情がうつってしまいやすく自分を殺すのがうまいだけで人を幸せにする方法だとか笑わせたり面白おかしくすごしたりするというのはどうにも苦手でした


人柄は良いといわれることもありますが人付き合いというのはあまりうまいほうではないかもしれませんね





昔、大好きな人がいました

ありふれたどこにでもある関係のようにつたない友人の紹介で知り合った女性がいました

初めてしゃべった時の印象はなにかふわっとした人だなと思い、口を開くこともそんなに多くなく私もそんなに喋るほうでもないのですが私以上に静かでどうしたもんかと参りました


コミュニケーションの不全というある意味で致命的な難関を持ってしても私がその娘を好きになったのはその節目がちな大きな目とすこしやさぐれたような斜に構えた未完全な雰囲気がとてもいとおしく見えたからかもしれません


数回会ってから私はそのこと付き合うことになりました
私のほうから告白し彼女は小さくうなずいてその節目がちな目にすこし光がともったように輝いていたことが私にはなによりも嬉しかったのです

かなり若いころの話ですので
ああ、たぶん僕は世界で一番幸せだなんていう果てしなく馬鹿なことを考えていました



時が過ぎても彼女のその趣きに飽きることもなくむしろ彼女のその無口な性格やたたずまいがひどく私自身と重なるようにさえ見えてきてその情は増すばかりでした


たまに二人で友人と会ったりすると
「あんたたちいったいどっちが喋るの?」なんていう間抜けな質問が飛んできましたが私たちは喋ることに意味を見出すのではなく喋る人間が隣にいることに意味を見出せていたのかもしれません


そんなある意味で老夫婦みたいな恋愛をしていた私たちですが唯一ともいえる不満が私にはありました

それは彼女が私の名前を呼んでくれないのです
斜に構えている彼女はあるときには「君」だけでどこぞの上司みたいな呼び方で呼んできたりまたある時には「おまえ」なんて言われたりしていました

さすがに「おまえ」はすこし傷つきましたね



そんなある日私は彼女にどうして名前を呼んでくれないのかメールで聞いたことがありました

私「どうして名前で呼んでくれないの?」


彼女「なんか恥ずかしいし変じゃん」


恥ずかしいのは一歩譲ってわかるとしても変ではないと思った私はその後もメールなどで促してみたのですがやはり名前を読んでくれることはありませんでした

そのうちどうでもよくなってしまった私はいつか自然と呼んでくれるだろうともう何もいわなくなりました


~3ヶ月後~

その日はクリスマスでした

どこに行こうかと私たちは話してクリスマスにお台場に行くということになりました
クリスマスにお台場に行くなんて人でごった返していて今ではまず行かないと思いますが私達は良くも悪くも若かったのです



案の定といいますかお台場はクリスマスの当日などに行ったら行きの電車の中からすでにひどいひとだかりです

振り向くことも厭われるような人の波に巻き込まれながらも迷わないように普段はつないでいなかった彼女の手をつなげることが私には幸せでした



ふらふら歩いてヴィーナスフォートにさしかかるところで私の名前を呼ぶ声がします



理解するのに数秒かかり振り返ると東京の中でもいっそううるさい喧騒の中でもたしかに私の名前を呼ぶ声が聞こえました

彼女がよりいっそう節目がちになり恥ずかしそうになりながらも今にも消え入りそうな声で私の名前をよんでいたのです


私は・・・



本当に恥ずかしくなってきたので終わりましょう
George
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| 雑記 | 23:24 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~利用可能性ヒューリスティックス~

ああ、書いた記事が消えてしまいました
FC2で投稿するとログイン画面に飛んで消えるのは私だけでしょうか?



人はなにかを判断する時には自分で想像しているよりもずっと安直にその意志を決定します


ヒューリスティックスとは安直に意思決定する思考回路を教えてくれます

利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)、想起ヒューリスティック
想起しやすい事柄や事項を優先して評価しやすい意思決定プロセスのことをいう。
英語の訳語である検索容易性という言葉の示す通りのヒューリスティックである





引用ですとすこしわかりにくいかもしれませんね
利用可能性ヒューリスティックスというのは人間は意思決定プロセスにおいて自らが利用可能なものや情報を使い判断することがありその決断は傍から見るととても合理的ではないように映ることがあるということです

例えば車を購入しようと考えたさいにパソコンが使えない方は新聞のチラシやディーラーに相談などで車の種類を選ぶことが多いでしょう
パソコンを使うことができればインターネットの検索機能で価格や燃費などを膨大な数から比較できるのに使えない方の決断は使える人から見ると不合理に見えることがあります



パチスロに話をうつします

パチスロやパチンコの勝ち方自体は根本的には至極単純ですがその情報はかなりいろいろあります
パチンコですと台ごとのスペック、ラウンドのカウント数、セグ、電チュー開放パターン、ステージ性能にゲージの優劣等
パチスロですと台ごとの解析や打ち方

台の情報と同様にホールごとの情報もかなりいろいろです
あっちの店は天井狙いのよどごしが効く、あの店のジャグラーはどんなに履歴が良くても6ではない、あの店はイベント日には角が強い、こっちの店はどれもこれもパチンコのネカセがひどいので釘が良くてもそうそう打てない




勝ち方は単純なれどもその勝つための情報というのはそれこそかなりいろいろあります
ちなみに私はおそらくほとんどの人達よりも台ごとの情報というのは持っていないですね
新台が入れ替わるペースが速すぎて打つこともなく消えていくのが大半なのでもはやついていけません

適当に勝つ
それが今の私のスタイルなのでそれでいいとも思っているのですがね、はたから見ると甘く映るかもしれません


利用可能な情報を駆使して限りある時間を最大限有効に活用する
なにもパチスロに限った話ではありませんね、人生においてもけっこう大事なことです


おおくの利用可能な情報を駆使して立ち回っている専業のような方にとっては実際にホールに行くと滑稽な打ち方(安直な意思決定)をしている人達を見かけることがあるのではないでしょうか


15回しか回らないような銭形などの旧享楽台やガロを必死にコネコネしている人達、ゾーン狙いのようなノミみたいな期待値でも打っている人、常に9割以上稼動しているホールで天井狙いしている人


彼らを見かけたら

「ああ、ヒューリスティックしてるな」なんつう風刺の聞いたセリフを考えると面白いかもしれません
まぁ単なるバカなだけという可能性のほうが高い気がしますが・・・


パチンコやパチスロでの勝ち方というのはその人が考えているよりもずっと無限であるかもしれませんがその人にとっては有限に見えるものです


他人と収支を比較すると数字としてはっきりと表れますが他人の収支どうこうよりも自らが利用可能な情報をいかに集めて駆使するかというのが打ち手として考えるべきことです
どうやっても年500万上がらない専業もいれば副業の上ムラで500万に乗せるような人もいます

どうしても地域性というのがあるので比較してどうこう言うのはひどくナンセンスです
そういう変な比較をする人達にも

「ああ、私の立ち回りは君から見るとヒューリスティックに見えるかもね」なんつって切り捨ててやりましょう



まあパチスロを利用可能ということ自体がその人の人生においては絶望的なヒューリスティックに陥っているのかもしれませんが
※他にも種類がありますのでまた気が向いたら書きますね
George
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| パチンコ パチスロ | 00:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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政治経済的なお話~労働市場とTPP~

ほとんどの読者様がパチスロに関する記事を読むのかなと思いますがたまには政治経済なんつう堅苦しい話でもしてみます
できるだけ堅苦しい言葉は使わないで書いていこうかな


最近、またTPPに参加するかしないかという議論だかなんだかもうよくわからないものが話題になっています
自民党はどうやら交渉に前向きのようですが日本における自由貿易の弊害について書いていきます


よく自由貿易をすれば安い物が入ってくるのでよりコストパフォーマンスの良い商品を消費者が選べるようになるということを目にしたり聞いたりします


たしかに自由貿易で安い品物が入ってくるのは間違いなく瞬間的に消費者という判断で見ると良いことに思いますが私達は消費する前に労働してお金を得ているのので懸念されることがいくつかあります



まず日本は世界的に見てもかなりの先進国ですが自由貿易が加速すると企業はより安い国へと労働力を探しにいきます

これは当然ですね、安く作れれば作るだけ利益があがるのですから関税などの規制緩和を含めた自由貿易では日本のような先進国で作るよりも中国やベトナムなどのアジア諸国で生産したほうが良いのは当たり前です



なにも今に始まった話ではありませんし多くの企業が海外に工場を持っていて安価な労働力を使い生産しています




より安いところへ、より効率良くと労働市場が移転していくのが自由貿易やグローバリゼーションがもたらすものです


日本で作っていたものを中国で生産するようになり中国で生産していたものをアフリカで生産するようになりと世界が矮小化していき水が流れるように労働市場は流れていきます



しだいに日本では産業の空洞化といわれてひさしいように企業の業績は伸びても国民や国家にとってはただ企業が日本国と日本国民に払っていたお金が海外に流れるようになります



労働はグローバルな社会においては安い国へと流れていく俗に言う「底辺への競争」というやつですね

資本主義の経済においては所得と支出がイコールになることで市場は最大限効率に回りますが労働市場を海外に求めるようになると国内における資本主義は歪みを持ち次第に世界的に見て効率的な市場へと変化していきます


日本のような先進国はもろにその煽りを受けることになります



財政赤字が莫大な額になり国民年金も事実上破綻していますが2000年代に急速に世界が狭くなったこともすくなからず関係しているんじゃないかと思いますね



市場はおおむね効率的ですが効率が良いから全てまるく収まるなどということは現代社会ではありえません

自民党は聖域なき関税撤廃などという選挙公約を掲げた以上はTPPで農業や医療問題よりも労働市場が効率化されうるのはやめていただきたいですね



底辺が地獄に落ちないためにも
George
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| 雑記 | 00:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~景の色は徒然に~

たぶん私はこれからもパチスロを純粋に楽しめることはないのかもしれない



仕事帰りに後輩や上司、友人などと一緒にパチンコを打ちにいく
終わったあとにはあの台のあの演出は熱いよな、あのプレミアを引いたんだよなどとパチスロの話などを肴に酒を嗜むようなどこにでもあるが幸せな日常としての風景



おしむらくは私もそのような感覚を得ることができる人生の選択肢もあったのかもしれない
専業として稼いだとしてもパチスロを好きでいられる、そんなことになる道もあったのかもしれない



しかしもう現在の私にはパチンコやパチスロを真っ白な単なる遊戯としては一生見れないだろう




機械割が何%だからこの台は適当に打つに値しない、あの台はスルーが+じゃないと打てない、あっちの店は3以上は100%使っていないので金をドブに捨てるようなものだ

確率に埋められてしまった感覚がある以上はどんなに台の仕様が荒くてもどんなに液晶演出が素晴らしかろうがしょせんはただの無機質、無慈悲な抽選を繰り返すだけのただの箱


専業の時には本当にただの箱にしか見えませんでした

金枠がどうだ、継続確定がどうだ、こんなリーチ目やチャンス目はどうだ
あらゆるパチンコのアイデンティーにたいして一切の情も湧かなくなる

打っていることが苦痛になりそれも通り過ぎると苦痛を取り除くために麻酔をかけるように無関心になりました
無関心になると吐き捨てるようにパチンコなどくだらないなどと・・・ただ自分を慰めるだけの言葉を吐いていました
最もくだらないのはそんなふうに考えてしまう私自信の弱さ、思考放棄としての逃避、安慰になることなのに


傲慢すぎる罪ですね




パチンコのある景色、黒く塗りつぶしてしまったキャンバスにはいくら他の色を重ねようともなにも目に見える変化はないのかもしれません


それでもすこしずつ塗り替える意思みたいなものが湧いてきたような気がいたします



いつか上手い酒を飲めるように、もうすこしだけ筆を持つことにします




だから・・・もうそんなに静かにしなくても大丈夫だよ
George
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| パチンコ パチスロ | 22:13 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~ヴァンダリズム~

バンダレイ・シウバではありません

VANDALISMとは芸術文化の破壊です
意味不明なタイトルを付けるときはあまり内容には期待しないでください

パチンコ人口減少が止まらない


パチンコの規模が縮小していっているのは世間的には喜ばしいことかもしれませんが単純に数字だけ見てもわからないことがあります

パチンコをやめていっているのは誰か?


実際にまだパチンコを打っていてホールに足を運ぶことがある人達は感じることがあるかもしれませんが楽しんで打っていた人・・・まぁ節度を持って遊んでいた、うまく付き合っていた人たちがやめていっているような印象を私は持っています



勝つために打っている人間、ほとんど中毒のごとく打っている人間に生活保護や借金で打っている人間
そういった人達の割合が増えていっているように感じます



調べてもどこかにデータがあるとかいうわけではなかったのですがホールの雰囲気などから感じるものはホールが位置付けている娯楽とはほど遠くむしろ昔の小汚いパチンコ屋よりもお金を意識している客が多いように思いますね





パチンコなどお金が絡んでいるから面白い

ある意味で真理とも言えますが、しかしパチンコ自体を純粋に楽しんでいた人間というのは一定数以上はいたような気がいたします

友人と隣同士で打ちながらリーチ目がでては共に喜んでいたり、ジャグに趣きを感じるような人たちやリール制御の妙に演出との絡みなどお金以外の部分でもその享楽を味わっていた人がいました


負の面ばかりがやり玉にあがるパチンコですがそういった文化的な面というのもパチンコはすくなからずもたしかに持っています
こんな勝つために打っている私のような人間ですらそういった感覚はわからなくもないのですから一般客はパチンコやパチスロの趣きをそれこそ愛していた人もいるのではないでしょうか



パチンコの希少な良い面

そういったものを削り取って遊戯人口が減少していてもそれが世間的な目的である生活保護や借金に依存症などの減少という側面ではまったく改善しないのではないでしょうか?


数字だけ見てもわからないことがたしかにあります

実際にまだ年金受給日や生活保護支給日のあとには明らかにホールの客が増加しています

パチンコを打つほどの貯金もなく可処分所得も十分にはないそういった客がやめるべきのはずですが実態は台の仕様がどうなろうが彼らはパチンコ台をただのギャンブル箱としか見ていませんのでどんなにクソ台だろうが打ち続けるだけです



ただの隔離施設にしたいわけではなく依存症や借金などの人間を壊すようなむごたらしい面をなんとかしたいのであればむしろ今のやり方は好ましいものではないように・・・個人的には思います


まぁ意図的にクソ台を出して客を飛ばしているのかどうか知りませんがむしろ客のほうを向いてベタピンなら明らかに出ないような昔の5号機のような仕様のほうがパチンコがギャンブルではないと気づく客も増えて良い意味での遊戯人口減少につながるのではないでしょうか



まぁ私のような元スロプが書いても今の設定不明台にたいするただの愚痴のようにしか響かないかもしれませんが

すくなくとも今の遊戯人口減少というのはどこから見ても望みうる形にはなっていないです


遊戯人口減少と依存症減少はちがいます
誰もが笑顔で楽しめるパチンコ屋など絶対にありえませんがそれでも今のホールからは昔よりもすこし嫌な匂いがします



ボタンをこぶしで親の仇のごとく殴っている人を見てそんなことを思いました
George
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| パチンコ パチスロ | 00:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~ただの昔話2~

A判定が出たのでそろそろ更新を待っている奇特な方もいるかもしれないのでブログのほうも再開していきますかね


感謝しています


ちょうど香水のにおいをまきちらして歩くような女をくだらないと思いながらも利用せざるを得なかったホストのように

ちょうどブラック企業に就職したニートがくだらないと思いながらも懸命に働いて得た給料や経験のように

ちょうど交通事故に会い脊髄を損傷して病院に運ばれたが緊急医がやぶ医者で下半身不随になりながらも命だけは助かったように



感謝していますしくだらないとも思っています

はたから見ると矛盾を孕むように見える人間が作られる、そんなこともあるんだな程度に捉えていただけるとありがたいです

だからこんなブログももうすこしだけ書いていくことをお赦しください





昔、42、195キロというパチンコ台がありました
マックスタイプのパチンコでミニデジタルにメインデジタルと上段、下段、中段とアタッカーがついている変な機種でしたね
詳しく書くとややこしい話になるのですがいわゆる止め打ちのタイミングがものすごい多い機種で単純に介入要素がでかい機種で短命な機種でしたが打つことがけっこうありました
キャプテンロバートやバーストエンジェルみたいなかんじだと言えばしっくりくる人もいるでしょうか


そんなマイナー台を朝から確保し打っていた日のこと

なぜそんな日のことを今でも覚えているのか
専業のように毎日のようにパチンコを打っていると記憶が飛びそうになることがあります
普通に仕事をしていたらメールチェックだ会議だ飲み会だなんやらとスケジュールに沿って行動しそれぞれのことを思索して振舞って生きますがパチンコを打っていて考えることといえばほぼ「期待値」だけで記憶力や思考力が低下しているように感じました



やれ激アツだリーチ目だプレミアだなどといってもしょせんは確率の範囲内で起きるだけのことでその日出るか出ないかなどどうでもよくなっていました
専業のように長時間打っていると月単位でとんでもない不ヅキを食らうようなことで感情が揺れるようなことはあっても一日の収支に一喜一憂することなど無意味だと実感できるようになります



やるべきことをやってれば勝手に収支はついてくる
そんなふうに思っていましたが42.195キロを打っていた時のこと



機種名のごとく朝からほぼフルマラソンして8万発近く出ました

けして今の2000発出る機種のように瞬発力があるわけではないので継続率が高いぶんダラダラと出続けてその間に玉を増やして勝つ機種だったのですがさすがに半日以上とめうちしつづけると打ち終わった時の疲労がすごくてクタクタになったのを覚えています



30万の現金を見てすこし嬉しく同時にひどくむなしくなりました
金は金でそれ以上でもそれ以下でもないものですがどこか重みをなくしたようにかんじられ希少であるはずがすこし希薄にも見えたことを今でも覚えています




パチンコで得る金というものは普通に働いて得るような金とはどこか違います
金というのはそれ自体に絶大な信用という客観的な基礎があるために価値があるので主観性をいくら並べてもしょうがないのですがどこか泡銭のような印象を今でもぬぐいきれてはいません


いくら稼ごうともいくら勝とうとも嬉しさにリミッターがかかっているかのように蓋を閉められたような生き方をしていてもしょうがないと・・・
大学生のころには居酒屋でバイトして得た月10万円にも満たない金額でものすごく達成感や喜びを感じましたがその5倍以上稼いでも心はバイトの半分ほども満たされてはいませんでした



それでも当時の私には蓋の中で生きるしかなかったのでやはりスロットには感謝しています

ぬかづけにされる前には蓋をこじ開けないといけないな
そんなことを思ったフルマラソンの帰路でした
George
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| パチンコ パチスロ | 00:06 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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