頼むから静かにしてくれ

はじめまして パチスロの勝ち方、雑感 ニュージーランドの話や戯言 時事関係や政治・経済などなんでも書いていきます よろしくお願いします

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パチスロの話~サイレントマジョリティ~

パチンコを打っている人の大部分は物言わぬ多数派・サイレントマジョリティだ


業界関係のブログあるいは個人のスロット・パチンコブログや情報サイトに掲示板

感情的に書きなぐっていたり理知的に書き連ねていたりするけれどどれもこれもある種の余裕が感じられる文章だったりしてホールとの違和感を覚えます


かなり引き負けているのだが先日、懲りずにパチンコのルパンを打っていました
朝からぶん回していたのですがマックスを打っている時は暇でスマホをいじるのにも飽きすこしまわりの様子を伺いながら打っていました
隣の台にはかわるがわる若者からおばちゃんにおっさんなど5人ぐらいいれかわって座りましたけどみな一様に盤面に釘付けで大当たりを祈ります
叩かれているのは釘か心か、ゲージ棒で計られているのはへそか器か



ある者は願いが通じまたある者は無残に散る、華々しさなどない

彼らが考えていることは

「出てよ、勝ちたいよ、うるさいよ、けむたいよ、やめたいよ」


そんな直情的なものしか出てこなくなるでしょう。私もどちらかといえばこちら側ですね
ブログでなにか無理やり屁理屈を並べていますけど私も依存症です

タバコをやめてみて気づきました
自覚症状のない病気でやっているうちはいいんですよ、実害はなくて平気なふりして歩けるんです

大丈夫大丈夫ってね


でもそうやってパチンコ台の前に座り大当たりを祈る大多数の人々が考えることってそーーーーんな難しいことじゃないんですよね


当たってくれ、頼む、フリーズしろ、GOD引け、6だろこれ


依存すれば余裕がなくなっていき思考は単純化して感情的になっていく、もしくは静かになっていく

パチンコ屋にいる人ってそういう人達が大半なんじゃないかな
理知的に台を見つめ完全に客観視できている人ってまず見かけることはありません


だから期待値がどうたらこうたら引きよわ引きつよなんだかんだホールのマーケティングがどうたらなんてネット上で見るとなんだか妙な違和感を覚えます

いったいどこの誰に向けて遊戯人口の減少は憂うべき事態ですなんて書いているんだろうと感じることがあります
大多数の人はパチンコの隆盛なんて望んでいないのだから


サイレントマジョリティの方が思うのはただ当たってほしい、ひきよわでもひきつよでもどっちでもかまわない、期待値があるかないかすらどうでもいい、ましてや遊戯人口の減少なんてクソどうでもいい

できればパチンコやスロットなんてやめたい、けどやめれない
からせめて今日は当たってくれ、救われたい、死にたくない

まぁこれは極端ですけどこんな悲壮観漂う考え方はしなくとももっと淡白で似たような拒絶感を抱く人は多いでしょう

だからサイレントマジョリティにとってブログに書いていることってほんとにどうでもいいことばかりなはずなんですよね、稼動日誌とかは代替物として疑似体験できる媒体として有用なのでしょうけどまぁ小賢しい論説なんかをありがたがる人は少数ですよね



依存症ではないと、スロットが好きで趣味ですって人も長いこと専業でやっててこれが生きがいなんだって人もストックホルム症候群だけだったりしますしいったいどこの誰のためにスロットとかパチンコって存在するんだろうなぁなんて疑問に思うことがあります



ハイエナに正義はあるのか、専業はありかなしか、収支はどれだけぶれるのか
長く打てば打つほど依存していきやめるのが一番という結論になり情緒も正義も分別も瑣末でしかなく疑問に思うのもめんどくさくなり
静かになる大多数の依存症達、サイレントマジョリティ

しょうがない、考えるだけ無駄ってどんどんふわふわした考え方になっていき薄っぺらくなっていく



だからね、いいかい?お願いするんだよ

お願いです。お願いします。どうか、私に、私の重みを、返してください・・・ってね
忍野george
気が向いたらどうぞ
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| パチンコ パチスロ | 20:00 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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スマイルドセブン

広告出ちゃってましたね、すいません

これがあるから無料のブログサービスは考え物です、まあさっさと更新しろよってことですが・・・

禁煙してます、現在6日目ですが1日禁煙するのにものすごい苦労しました
タバコ全部捨てて出かけ先や翌日にはすぐ買ってみたり、また半日ぐらい吸わないと妙にうまかったりするからさらにやめられなくなるという悪循環にはまっていたり

そんな情緒不安定な行動を繰り返しながら半月でやっとスタートを切れたところです

3日目が一番つらいと禁煙サイトなどでは書かれていましたけど一日目が最もきつく、6日目の今でもまだまだ吸いたいですね
吸いたいけど吸ったらまた地獄の一日目を味わうことになるのでなんとか踏みとどまっている状態です
3週間経過すればニコチンはほとんど排出されて身体的に依存することはあまりないみたいですけどどうなることやら、葉巻でも吹かしてみようかな

で、まあなんでブログを書いてなかったかっていうとブログを書き出すとタバコ吸いたくなるから書いてませんでした、それにしてもすこし放置しすぎましたね。ごめんなさい






依存性のあるものってそれとは知らずに使用することで常習化していくのでそら恐ろしく感じる時があります

酒にしかりタバコにしかりパチンコにしかり

禁煙中ですからタバコについていろいろ調べてみたんですけどニコチンを摂取しすぎると脳が錯覚して本来必要なものを作らなくなるそうです
なんつったか忘れましたけどアセチルコリンがどうとか

タバコ吸うとあの煙が立ち昇っていくのと同じようになんだかふわふわと悩みとか飛んで生きそうになりますけどあれはニコチンが脳を刺激することで幸福感を与えて覚醒させてくれるからだそうです
しかしもともとは幸福感を感じるものは脳内で作られるみたい

ニコチンを常習的に取り込み続けると脳が幸福感を出さなくてもニコチンで多幸感を得られるから自分自身で幸福を感じることはできなくなるようになるみたいです
脳がサボってしまうんですね

だから幸せになりたい、幸せになりたい、幸せになりたい・・・と思いながらタバコに依存する
覚せい剤とか大麻よりもタバコは依存しやすいみたいです


つまりタバコを吸う人間はうまいタバコに幸せを感じれば感じるほどその他のことで幸せを希求する能力が低下していくと考えられますね

まあ医学的にどうこうとか脳科学的にどうこうとかごちゃごちゃありますけど確かにタバコを吸っててやたらうまい時はありますしね

スノボでも行って雪山の頂上で吹かしてみたり
小説でも読んでてすばらしい結びの言葉に酔いしれながら火をつけたり
仕事終わらせたあとだったり
スロットでわけわからないG数乗せてドヤ一服だったり
冬に知らない街を夜一人で歩いている時だったり
車を運転してる時だったり


瞬間瞬間を思い返してみればタバコって最高なんですけど
最初に吸ったあのむせ返るようなますざと子供のころに嫌いだったあの匂いまでも思い出してみればだまされてるだけだったような気もしてきます

最初に吸ったのはマイルドセブンだった
すこし嫌なことがあり自暴自棄になりかけ煙を吹かそうとしたらまずくてでもそれでもなんだかあの時は立ち上る煙にすこし救われた気がしたのはたしかで

でももう微笑みかけて誘惑するのはやめてくれ


君はもうマイルドセブンではないし
タバコやめたいんだよ、禁煙中なんだよ、ブログ書くんだよ
George
ぽちぽち

| 雑記 | 17:15 | comments:12 | trackbacks:0 | TOP↑

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毒舌注意~ブログを書くということのあほくささ~

インターネットはつまらなくなった

いや、厳密にいえば一般化されて最適化されて金満的になったがゆえにネットを見るという暇つぶしでアホくさい行為だったはずのものがあほくさくなくなった


ネットが普及したのもここ数年の話だけどまだキーボードを打ち込む習慣もなかった何年も前にはいいね!もなかった、ツイッターもなかった、ポッドキャストもなかった、フェイスブックもなかった、コメントもなかった、拍手ボタンもなかった、アドセンスもグーグルアナリティクスもページランクもアマゾンアソシエイトもなかった

かのYOUTUBEですら無法状態でアルカイダがおこなったとされた人間の首を切り飛ばす動画が何日も野放しになっていた


ブログを書いてもアクセスカウンタもアナリティクスもないのでどこの誰がどれだけ見ているのかもわからない、コメントも拍手もないので反応もない完全に自己満足だったテキストサイトはいま私がやっているようにブログサービスで文章を書けるわけではなくテキストエディタで文字列をHTMLで必死につないでまで決して実らない承認欲求を追っていたあほくさいものだった



それでも彼らはそんなとても不毛な行いを必死にやっていた、現実世界では何もやることがないからネットというアングラに居場所を求めることでなんとか繋いでいたのだ


メインストリームという言葉はそんな彼らにはふさわしくないものだけどまだネットがアングラだった当時の主役は現実世界では淘汰されてしまった人達だった、セカンドライフなんてサイトも実際にあったけどネットそのものがセカンドライフたりえた時代がありました

そんな仮想空間に生きるというのは現実世界から見たら非常にあほくさいものだったけどあほくさいゆえに面白いものだった


ネットでどんな努力をしてもなににもならないんだからこんな不毛なものはない



しかしいつのまにかネットの一般化が始まり「電車男」や「ブラック企業に就職したんだがもう俺はダメかもしれない」など2ちゃんねるの話が書籍化され映画化されブログはマネタイズがはじまり効率化を求め不労所得を得る場となりあほくさいものではなくなりはじめました


そうなるとブログにテキストを書くよりもアマゾンでレビューを書いて☆をもらったりネイバーでまとめをつくったり知恵袋に質問したりするほうが手っ取り早く承認欲求を満たすものとなりました
承認欲求を満たすという行為をブログでやらなくなるとブログとしての役割はいつのまにかアフィリエイトを主とする金銭的なものになっていくのは必定です

じゃあどうやればお金になるかと効率化を求めたすえに出てきたのがまとめさいとや動画転載サイトにスロットでいうと解析サイトなどですね
ある意味とても自然な流れでこういう金銭的な報酬を伴うブログを運営するという行為はあほくさくない

ゆえにくそつまらないものになってしまいました

必死で推敲して文章を書いてもその間にまとめサイトはコピペだけで一日5記事あげ広告収入を月うん10万もらって解析サイトは雑誌のまる写しでアクセスを集める現状を考えれば必死にキーボードを叩いて検索のはしにもひっかからないページランク1のブログを書くという行為がいかにあほくさいかわかるでしょう


私のブログもいちおうはスロットブログですがブログ開設当初から解析サイトのように稼動記事と雑誌のまるぱくりで本気で取り組みツイッターやフェイスブックで宣伝し相互リンクを集めあたりさわりのないキャラクターを演じ検索にひっかかるようにでもすれば今ごろは月数万の広告収入を得られていることでしょう
そっちのほうがおそらくあほくさくないし良いものなのでしょう・・・けどいかんせん面白くない、どころかくそつまらない、どころかむしろ不快である

そういうあほくさくない最適化され効率化されたブログ村のスロット板にあるブログははっきりいって上位のほうがゴミだらけだと思ってます
ハイエナ稼動を誇らしげに語るブログだらけでそういう人達がなれあう確証バイアスの塊でしかないと思っている



不毛なあほくささゆえの面白さこそ本来のネットの面白さであり仮想空間の役割だったはずです

しかしブログを書き続けているかぎり、ネットに触れているかぎりはネットで月数万稼ぐことが十分に可能であるということも知っていくしいま現在こんな文章を書き続けることの馬鹿馬鹿しさというものを嫌がおうにもたたきつけられることになる
さらに内容のある記事を書こうと思えば本来、毎日更新などできるはずがないが更新頻度でアクセスがきまるブログランキングでは大量に空っぽな内容の投稿を繰り返すほうがランキングはあがる


これでモチベーションを保てというほうが無理だ


そうやってアフィリエイトやアドセンスはブログで文章を書くという知的探究心を破壊しネットの一般化は仮想空間をくそつまらないものにした


結果として思考はなくなりライン工のごときサイトだけが残り目につくのはゴミばかりである

掲示板などでも同様だ

URLを踏めばどこかにブラクラがうめこまれていたりフィッシングサイトなどがそこら中に転がっていた
今は一般市民もネットにどんどんはいってきて過去、殴り合いだった掲示板は幼稚な罵り合いに変化していった、いや一般化されて現実世界のコミュニケーションに近づいているといっていい

いかに相手よりも上にたつか、それは実社会における学歴や年収などの競争本能と同じものがはびこるようになって
ネットしかやることがなく本気で殴り合って議論する人はネットでも競争なんかしたくねーよといなくなり残るのは考えが浅い一般市民だけで掲示板もくそつまらなくなりました

印象としては技術を駆使してよけて打ってのボクシングとつかみあいの子供の喧嘩のような感じだ


実社会でのコミュニケーションやお金を持ち込むと一気につまらなくなります

出会いやコミュニケーション、馴れ合い、お金を得るために最適化をはかり向上心を持ち込むことでネットがツールと化してネット自体を楽しむというのがどんどん難しくなっていく



こんなブログをちんたら書くよりも今すぐにニコ生やユーストやスカイプにラインでおまんこハンティングしたりまとめサイトをたちあげて炎上させたほうがいい
なんて考えがよぎらないわけでもない、そっちのほうが欲求を満たすという点では合理的だし現実社会としてはきっと面白いものなのだろう

けれどそんなものはどれもこれもぜんぶあほくさくない、役にたってしまう、ゆえにつまらない、ゆえにゴミだ


だから私はブログを書く、どんなにあほくさい行為だとしてもだ
George
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| 雑記 | 19:18 | comments:19 | trackbacks:0 | TOP↑

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薬物報道の容赦のなさと矛盾

ASKAさんが逮捕されましたね

薬物使用で逮捕されるような事件を見ていつも思うことがあるので記事にします



こういう薬物使用に関して世間が持つ印象ってのは堕落であり、危険人物としての烙印を押され人格が毀損した印象ですけどこういう薬物にパチンコもそうですが社会悪を厳罰化して排除することは同時に弊害もあるんじゃないかと書いていきます
私は薬物に関してはまったくわからないのでパチンコの話のようななってしまいそうですが・・・


「パチンコやめますか?人間やめますか?」
「シャブやめますか?人間やめますか?」

なんていうフレーズを目にすることがあります
非常にナンセンスな言葉です


日本では麻薬を完全に黒いものと扱い世論としても厳罰論をしいて使う者も配る者も罪人だとして排除しようとしていますが欧州などではすこし違う考え方をしているようです

麻薬はなくならない、じゃあ実害をなるべく少なくしようというものです
そういったパーティーがあるところで使用済みの注射器を配ったり、これは日本でも見たことがありますが風俗街でコンドームを配ったりなど麻薬を根絶することは不可能だから実害をなるべく出さないようにしようという寛容さがありやさしさがあります

麻薬を使用した人間を罪人であると同時に弱者として扱うことで人間としての尊厳を保とうとする、救いがあります

日本では有名人などがそういった行為に及ぶと容赦のない追及にあい社会的に抹殺され世間からも白い目で見られることになります
今回のASKAさんの件でも以前ののりピーの件でも本人達が過去に歌っていた楽曲もマスコミ各社では放映禁止になるでしょう
しかしそんなことをやりだしたらニルヴァーナやマイルス・デイヴィスにジャニスジョプリンなんかも麻薬常習者だったので放映禁止とならなければおかしいですしロックやジャズの革新者たる彼らの影響を受けた歌手の音楽も退廃的だとされてもおかしくはないですがそうはならないですね

頭のおかしいやつはロック歌手になるか小説家になるか死ぬしかないなんてどこかで見ましたけど違法薬物抜きには語れない現代の音楽シーンも広義に見ればどれもこれもろくでもないものになってしまいます、まあこれは極論ですが



もちろん薬物常習者の末路というのはたまにテレビか何かで見るドキュメンタリーなどを見てもそうとうに悲惨なものだと見て取れますけどそれをなくすために厳罰論で排除しようというのはちょっと救いがなさすぎるんじゃないかなあとね
そんな簡単に人としての尊厳って毀損されていいものじゃないでしょ


実害で見れば薬物でおかしくなった人間が行う犯行よりも酒で酔っ払った人が起こす事件のほうが圧倒的に多いですし




パチンコを撲滅する会とかでも同じですね


私はこういう弾圧的なものはどんなものでも必ず一歩ひいて見るようにしています
「あなた達がパチンコを悪だと宣伝してる以上、パチンコをすることは精神的な堕落であると自覚させることになるのでパチンコ依存症の方達は救われませんがそれについてはどうお考えでしょうか?」
なんて質問されたらなんと答えるつもりなのでしょうか


なんでもかんでも厳罰化、黒白はっきりした論理で断定することはよくない

以前にどっかの記事で書きましたけどニュージーランドでホームレスの人と話したことがあるんですけど彼はなんとも良い顔で笑ったんですよね
街に唯一あった駅を出たところに物乞いがいたこともありますけど前を歩いている人がものすごく自然に1ドル渡していたりなんだか良いなぁと思ったことがあります

同情とかそういうのではなくとても自然なやさしさが赤の他人に発揮される光景を垣間見れたことに驚いたことがあります

日本ではそういうものは公的な機関が行っていたり同様の経験をしたことによる同情などによって行われることがありますけど街を歩いていて路上に寝ているホームレスに通行人が恵んでいるというのは一度も見たことがないですね

日本は連帯感は強いのでしょうけど寛容さという面ではそんなに豊かではないのかもしれないしみんなそんな余裕がないだけなのかもしれない


ホームレスになった人間が悪い、薬物を使用する人間が悪い、パチンコを打つ人間が悪い
という世論の連帯感や徹底さというのは薬物の報道にもパチンコの捉え方にもにじみ出てくるものなのでしょう



パチンコも麻薬もろくなもんじゃないとは私もそう思いますが
黒いものは黒いと言ってもかまわないし大事なことだと思うけど黒いものが極彩色に見えている人もいるんだということを忘れてはいけない
George
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| 雑記 | 22:51 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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パチスロの話~確率的な世界の中で可能性の高いほうに賭けて張ってつくばっていく~

例えばルーレットの中を転がる真球のように、パチンコ台の中を走る真球のように蓋然性の高い動きをしているものがほとんどであればこの世に宗教もうさんくさい運命論も占いも詐欺もなかったのかもしれない


パチンコで勝っている人は確率がどのぐらいの残酷さをもって襲ってくるか、どのぐらいの「期待値」があるかについて考えることにはかなり長けているのであろう



それは単純に統計なんてものではなくてもっと精神に根を張った覚悟に近い


給料の半分を一日で得ることで喜ばない人はほとんどいない、能面のような顔をして喚金所に向かうその足取りにいっさいの軽快さはなくかといってしっかりと踏みしめて歩いているわけでもない
踏みしめたら割れてしまう薄氷の上を歩いているような危うさだ


差し足抜き足忍び足・・・


割れてしまうような氷なら今すぐに踏み抜いたほうがいい、水に沈み凍えることになろうともだ



人生は選択の連続だ

人生とか人間とかいう言葉は極力使わないことにしよう、したり顔でそんなことを言う人間はろくな人生を送っていない←




選択をするということは確率的に可能性の高いほうに賭けていくことであるのならば確率論はこの世界では聖書よりもためになる代物なのかもしれない

かもしれないじゃない、おそらくは無神論者か汎神論者が大多数を占めるこの国では断定的に確率論のほうが「バイブル」たりえるものだ




さもすれば統計的に分解されつくしているこの世の中で理想的な、確率に基づいた「人」というのはどういう人なのだろう


資産家の子供に生まれることは成長を妨げるとしばしば言われるので不自由なく暮らせるほどの家に生まれる

両親は健在で兄弟は一人に犬が一匹、3LDKのマンションに住む
幼稚園では花組に入れられて花壇を育て美的感覚を養い小学校から野球をはじめ身体的能力や運動神経を促進させる
中学に進み高等教育の準備のために教養を深め友人とすこし悪いことをし、下の毛が生えてこないなどと誇るべきでもなく恥ずべきでもないが重要な悩みにさいなまれる
高校に進み彼女をつくり青春を知る
大学に進み講義のノートを集める要領のよさに助けられロースクールに同時に通い法に傾倒していく
検事を目指すが挫折を経験し弁護士事務所に勤めて雑務に追われ社会性を養う
勉学が実り検事になり正義を下す



モデルケースとしては疑問だらけでしょうが確率的にはおそらく大きなずれがない理想的な人生たりえるものでしょう
じゃあこの人はいっさいの後悔をしていないのだろうか?


100%の確率でノーだ


日常的に確率の高いほうに賭け続けることで後悔しないようにする
しかしそれはあまりにも無意識のうちに行われる、いつどこで可能性の高いほうに賭けたのかなどほとんど覚えていられない
いつどこでどんな選択をしたことを後悔すればいいのかもわかったものじゃない
なんとなく後悔すべきそれらしきものは誰でも思い出すことはある

後悔はパチンコ台の中を走る真球がフロックに吸い込まれるような限りなく偶然に近い必然だ

どうしようもない


それでも期待値があればまわし続けるしかない、打ち続けるしかない、まわし続けるしかない


たとえ、いくら負けようともだ



















4月収支ー134187円
George
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| パチンコ パチスロ | 23:51 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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